あなたへ。
第二章
明と正式に恋人同士になって、早いもので1ヶ月が経とうとしていた。

8月になり、明の大学もいつの間にか夏休みに入っていた。
付き合う前と後で、何か展開が変わったかと言えば全くそうではなかった。
まず夏休みと言っても、明は相変わらずバンドの練習やアルバイトで忙しい。
メールは毎日やりとりはしているが、会うペースも会う場所も、何も変わらない。
それ以上の…進展はないまま現状維持の日々だ。

今日もまた、いつもと同じデートコース。
あたしのバイト上がりの夕方、地下鉄A駅の改札口で明と待ち合わせる。
落ち合った後は、近くのスーパーマーケットでサンドイッチやカップラーメン、ジュースやお茶などを買い込み、A駅からそう遠くない公園に足を運ぶ。
そしてその食料を飲み食いしながら、暗くなるまで二人で駄弁って過ごす。

なんともお金の掛からない、お粗末なデートと言われればそうだが、あたしはこの公園デートが結構気に入っている。
夜景が見えるレストランも、高級車でドライブもいらない。あたしは明と一緒に居られれば、それだけでいいと伝えた。
すると明は「やっすい女だな」とあたしをバカにし、でも嬉しそうに笑った。

「え…フェニックスで海水浴?」

「そ」

あたしと明はブランコに乗りながら、買ったコーラを飲んでいた。
明の影響で、それまで炭酸系の飲み物は敬遠していたあたしまでしばしば飲む様になってしまった。
瞬介に知れたら「お姉ちゃん、太るからコーラはダメだって!」と叱られてしまうだろう。

今日も日中は唸る程の蒸し暑さだった。
時刻は17時を過ぎたと言うのに、外はまだ明るく依然として気温は高いままだ。

「来週の水曜日って、杏子バイト休みじゃん?俺もバイトだったんだけど、あいつらが海行こうって言うからシフト代わってもらってさ。それでどうかなって思って」

明はコーラを左手に、右手には溶けかけのアイスクリームを握っている。
あまりに暑いからと、明がスーパーで購入したのだ。
何とも美味そうにペロリと食べている。
確かにこの時期はアイスが食べたくなるが、これ以上カロリーの高い物は口にしたくない。
あたしは最近、将来明が生活習慣病にかかるのではと割りと本気で心配している。

「海水浴か…」

フェニックスのメンバーと海水浴なんて、ファンに取ってはこの上ない楽園であろう。
言ってしまえば、アイドルグループの追っかけをやっている子が、そのグループ全員とデート出来る様なものだ。
他のファンに知れたら、坊主頭にされるだけじゃ済まないかもしれない。

「来るのは、ご存知の通り俺と海と慎二、隆人(タカヒト)とその彼女」

明と付き合ってから教えてもらったのだが、フェニックスのメンバーは全員、本名でバンド活動を行っていた。
だが、ベースの琉斗だけは違った。

彼は本名を高梨隆人と言い、なんとお家は代々続くお寺の跡取り息子。これはフェニックス最大のトップ・シークレットらしい。
年齢はあたし達より一つ上の20歳だ。
ステージネームが【琉斗】なのは、彼自身が「タカヒトなんて名前、寺の息子みたいでマジダサい」と言うよくわからない理由から。
しかしその名前はりゅうととも読めることから、それに今時の若者が好きそうな漢字を当て嵌めたのだと言う。
彼の本業は学生で、電車で一時間以上掛けて、市外にある仏教系の大学に通っているそうだ。
大学を卒業したら、仏門に入って修行をする事を条件に、それまでの期間限定として、今のバンド活動は好きにさせてもらっているらしい。

琉斗は髪は明るい金髪で、両耳にはピアスの穴が無数に空いていて、着ている服装と言えばいつもコテコテのロックファッション。
どこからどう見たって、由緒あるお寺の息子に見える訳がない。
仏教の仕来たりとかはわからないが、破門にはならないのだろうか?
それに正直言って、琉斗は身長は168センチくらいの小柄で目は細く三白眼。
ステージでベースを弾く以外は、動きに落ち着きがない。
また、ライブのMCでは他のメンバーに悪態を吐いたり、タチの悪い冗談を言ってファンに絡んだりする。
正直言って苦手なタイプだし、たまにあたしの目には凶悪な顔付きの猿が暴れまわっている様に見える。
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