全然タイプじゃないし!
3.クリスマスにメリークルシミマス

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 人のうわさも75日……。 
 
 あのBBQ大会から75日たってないせいか噂は全く沈静化せず、さも事実の様に囁かれる。

 たとえば、花村がデスクワークに疲れて「あー、腰痛い」と呟きながら体をひねったりしているのを目撃されたりすると「戦闘民族も、ほどほどにね!花村、壊れちゃったら困るから!」と肩を叩かれ、笑顔を向けられる。

 例え花村が腰痛になっても、それは私のあずかり知らぬことなんだ!そろそろ本気でわかれ!!

 と心で絶叫しながら口からは「いや、関係ないし」と力なく答える。

 だって、力いっぱい否定しても「またまた~!」とか全然誰一人私の言う事を信じてくれぬ。
 聞いて。お願いだから聞いて。私、花村と付き合ってなんかいないんですよ、ほんと。


 そうして、寒風吹きすさぶ上に、一人も野良マッチョを捕えることなく、世の中にクリスマスソングが流れだした今日この頃。

 師匠も走る師走。もれなく私だって走っている。野良マッチョに構っている暇も、花村との関係を否定しまくる暇もない。
 人のうわさも75日。きっと年明けには沈静化していよう。それだけに希望を託し、私は急激に忙しくなる業務に没頭することにした。

 ところで、花村はこういう話をどうやって切り抜けているのだろうか。ちらりと横を見る。だからと言って「私たち、付き合ってるとかいう噂になってるけど、そこんとこどう?」なんて聞いたら、まるで私が花村と付き合いたいがための布石みたいに聞こえる。そんな話を周囲に聞かれるのも、ガソリン投入みたいで嫌だし。
 それで私はこの問題について、花村に聞くことができないでいるのだ。

 ほんと、こいつどうやって答えているんだろうか……。気になって仕方がない。

 会社で聞きづらいことは、ちょっと飲みに誘ってと言うのはよくあるが、今この状況で花村を誘うことなどできぬ。ますます噂という名の炎は燃え上がるだろう。沈静化を狙うには黙っているより他なはい。
 そしてちらりと隣を見る。へらへらしながらパソコンのモニターを見る花村は、平和でいいなと思う。


 さて本当にそんな噂に構っていられない。待ったなしで今年の終わりがやってきてしまう。
 私は今日も資料やらサンプルやらを抱えて師走の街を駆け抜ける。この時間じゃなきゃ無理、などと言われることも多く、直行直帰が日常茶飯事。会社と家を往復し玄関から壁際にはずらりと並ぶ資料の山。
 この状況で、愛だの恋だの言っていられない。

 「ふはーー」

 今日もやっと日課を終え、帰宅したころには足はパンパン。玄関から転がって部屋まで行きたい。

 いつものようにビール片手に適当にご飯をちゃちゃっと作る。今日はいろいろ面倒だから、鳥の手羽先に塩こしょうしてお酢とお酒とニンニク、バターと、最後にくるっと蜂蜜を肉に回しかけ、予熱無しのオーブンに放り込む。180度で40分。
 この間にレタスとミニトマトを適当に皿に盛り、ざっくりお風呂に入って洗濯して、髪を乾かしている間に、オーブンからいい匂いがしてくる。そのうちチーンと耳慣れた音する。
 最近の家電てあちこちでメロディ流すから「お前らはチーンでいいんだよチーンで!うるさい!」と、かねてより思っていたので、最近家電を選ぶ基準が音になった私。
 洗濯機はピーピーピー。電子レンジはチーン。単純でよろしい。

 サラダとどーんと盛った手羽先を炬燵に乗せ、テレビのリモコンに手を伸ばす。
 さて本日のご飯の友は!プリズンブレイク!ウェントワース・ミラーのボディをですね、がっつり鑑賞します。
 シーズン重ねてくるとマッチョというか、あれ、ふ、太って?という感じになっていくのがちょっとあれなんだけど、まあいい。まあいい。
 マッチョをドラマや映画で補給するようになって数か月。まあこれでいいんじゃないのかなあって。ああ。枯れてきている……。

 それこそ、体力あふれる若い時代にがんがんと攻めていかないとマッチョなんか見つからないよねそうだよね。あー見つからない見つからない。

 最近はそれを呪文のように唱えながら、ウェントワース・ミラーをガン見する。
 映画やドラマで補給するというより、こういうのを現実逃避っていうんじゃなかろうか……。
 こうした瞬間にふと花村が頭をよぎる。会社じゃえらい噂になって、すっかり付き合ってるような話になってるけど、実際は別にこの5年間の付き合い自体は全く変わらない。ただ隣の席の同僚というだけである。特に親しい話もなく、特にお互い興味もなく、営業成績も抜きつ抜かれつ。

 それに対して、私は何か不満でもあるのだろうか。

 素手で鶏手羽肉を掴み、かぶりつく。皮はパリッと中からじゅわっと肉汁。

 お酢のおかげで軟骨までも柔らかく、蜂蜜効果で肉はふっくら。はーおいし。まあ、鳥の油にまみれたこの姿を冷静に見れば、戦闘民族と言われても仕方ない。
 目下頭の片隅にくすぶる問題をさらに隅っこに追いやり、無心で鶏手羽を口に運び、目はウェントワース・ミラーに固定した。




 ひー!風が冷たい!!

 冬だ。冬でしかない。どんなに世界がクリスマスに彩られ、きらきらしようとも冬は冬である。

 真冬の夜道を、私は今日も資料を両手に下げて街をゆく。鞄は斜めに肩から掛け、夜逃げしてきたみたいな風貌だがお仕事中である。

 ヒールを打ち鳴らす様に急いで歩いていると、マッチョが目に入った。

 ああ、今時あんまり見ない野良マッチョだなとぼんやりと見送る。その横顔に、その肩に腕に、いささかの見覚えを感じながら。 

 そのまま見送ろうと思っていたが、マッチョがふとこちらを見た。目が見開かれ、口が「あ!」と言った。
 そうして数年前の気安さのまま、「花音じゃね?!」と太い腕を振る。ダウンコートのおかげで小山みたいになってる男が、私の方へ歩いてくる。

 そう言えば、こうやっていつも、犬の散歩みたいな気安さで、この人は呼べば手を振って走ってくる人だったと遠い日を思い出した。

 昔と違うのは、手を振る反対の手に、ふわふわとした砂糖菓子の様な女の子を連れている事だけ。

 「花音、ひっさしぶりだなあ」
 「おう。久しぶり」

 ぎょろりとした目が私を一巡し、ニカリと笑う。

 「変わらずたくましいな!それだけの荷物持って、そんなヒールで歩いてるんだからなあ」
 「まあ、仕事だからね」
 「こいつなんかそんな荷物持てないよ」

 見れば腕にかじりついてる彼女の小さなバッグが、目の前の男の腕に不似合いに絡んでいた。
 
 「だって。手がいたくなっちゃうんだもん」

 彼女が上目づかいで言う。すると彼も「な?」と困ったようにそしてそれがうれしそうに目で言った。
 私だって、別にこの荷物が重くないわけじゃないの。手袋してるから見えないけど、指先白くなってるくらいなんだ。

 だけど、持てない荷物じゃない。自分が持てるものまで、人に頼むことがかわいげなんだろうか。
 だから私はかわいげがないんだろうか。
 クリスマスによく似合う、幸せな二人をぼんやりと両目に映しながら、私は立ち尽くしてしまった。


 その瞬間、突然両手が軽くなる。

 「ごめんね、花音、持たせちゃって」

 聞き覚えのある声が、聞きなれるぬ言葉を発する。驚いて顔を上げれば、ぐっと浮き出た筋肉の筋が目に入り、ぴったりとしたTシャツに胸筋が浮かぶ。 

 え?

 そのまま視線を上にあげれば、見慣れた顔が目に入った。だけど。

 そうか、唐突に納得した。

 初対面の人のどこを見るかとかつて尋ねた時に、相手を見るより自分の表情が気になるって言ってた。 いつもへらへらとしまりのない顔してるなと思ってた。

 そうか、花村。

 花村の、薄い唇や細い鼻筋、そして一重の切れ長の目という小作りな顔立ちは、表情を消すと、ものすごく酷薄に見える。

 12月の空よりも冷たい顔をして、花村は目前のマッチョを見据えた。先ほどのホンワカ幸せムードが凍りつく勢いになって、マッチョがひるむのが分かる。ところがぶら下がってる砂糖菓子の方が、花村をハートの目で見てる。
 こ、これはいかん。人の恋路に水を差すわけにはいかない。

 「あああありがとう!さあ、急ぐからもう行こう。じゃあ!これで!」

 そう言って、私の荷物を片手で持つ花村の背を押し、私たちはその場を離れた。



 しばらく歩いてから、私が荷物に手を伸ばす。
 「なんか、ありがとね持ってもらっちゃって、花村君」
 「うううううう」
 「え?」
 「さむいいいいいいいいいい」

 そう言ってよく見ればむき出しのがっつりとした腕に鳥肌が立っていた。

 「さすがに12月にTシャツ一枚は寒い!!!」

 「あ、当たり前でしょう!!そう言えばなんでこんなかっこしてんの」
 「とりあえず服着させて服!ちょっとこれ持ってて!」

 先ほど持ってくれた荷物を私が引き受けると、花村は片手にまとめてあったシャツと上衣とコートを着込んだ。

 「何やってんの、花村君」


 「あああ、寒かった。あ、それ持つよ」
 「ええ、いいよ……」
 「なんかちょっと持ってたほうが温まるし!」

 そう言いながら、花村は私からするっと荷物を持っていった。

 「夏原さん、なんかあのいかつい人前にして辛そうだったからさ。もしかして元彼かなあとか」
 「ああ、そ、う?」
 「そうなの?」
 「うん……まあ」
 「夏原さんもブレないね~」
 「で、なんでTシャツ!しかも下着!」
 「ああ、俺って服着てると細く見えるから、ああいうガタイのいい人に舐められるように気がしてさ。脱げば結構威嚇できるかなって」
 「威嚇!!」
 「俺も、戦闘民族うつってきたのかも」
 そう言っていつものようにヘラリと笑った。
 「でもなんか」
 「え?」
 「勝手に彼氏のフリしたりして、ごめんね。あの状況でいかつい人を追い払うには一番効果的かなと思ってさ」
 「いや、逆に……心配してくれてありがとう」
 「いえいえ」
 「でも、結構こういうの慣れてる?女友達に頼まれたりするの?」

 そう問うと、あははと笑った。

 「女友達なんかいるわけないじゃん。そんなの作る余裕があったら彼女作るよ」
 「えええ?まずお友達から幅を広げていくもんじゃないの?」
 「そうなの?」
 「そうだよ。だからダメなんじゃん」
 「えへへ」

 そう言ってまたヘラリと笑った。

 

 
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