恋をしようよ、愛し合おうぜ!
18
「だからよ、元嫁とはそういうやりとりを何度かしたってだけで、もめたんじゃねえんだよな。そういうわけで、結婚してるというより、ひとつの家に同居してるルームメイトみたいな感じになってきてさ。俺は苛立ちを紛らわすために、タバコ吸う量が激増したってわけだ。これじゃいけねえと思って、週末はサッカー行きを復活させた」
「野田さん、サッカーしてるんですか」
「離婚してからまた行く頻度は減ったが、中学んときから大学まで、俺サッカー部所属だったんだぜ」
「へえ。ポジションは」
「ゴールキーパー。背高いから向いてるって監督に言われてさ」
「ふーん。サッカーのことはよくわからないけど、そういうものなんですね」
「さあな」と野田さんが言うので、私は飲んでるコーヒーを吹き出しそうになってしまった。

「ちょ・・のださんっ!」
「そんなん俺だって知らねえし。だがキーパーって、一人だけユニフォームの色違うだろ?」
「あぁ、言われてみればそうですね」
「それに背番号1だったから、俺的には向いてんだよ」
「うーんと・・・目立つって意味で?」
「だな」と野田さんは言うと、ニヤッと笑った。

この人の場合、ただその場にいるだけで目立つ存在だと思うんだけどなぁ。
と私は思いつつ、向かいの野田さんを見た。

・・・やっぱり、コーヒー飲んでる姿ですらカッコいい。
それに、飲むたびに動くのど仏や、カップを持ってる指はセクシーだ。
大きな手はゴールキーパー向き・・・?

なんて考えていると、「結局、あっちの方から別れてくれと言ってきた」という低音ボイスが聞こえて、ハッと我に返った。

「あ・・そ、う」
「そして俺と別れたあいつは、仕事を辞めて、元職場の上司と再婚しやがった」
「・・・え!」
「しかもデキ再婚だ」
「う・・・そっ!!」
「俺と結婚する前からデキてたのかは知らねえが、あんだけ仕事命だったあいつが、サッサと会社辞めやがったのは正直驚いた。それに、全然家庭に収まるタイプじゃねえのに、“あの人と家庭と家族を築きたい”なんて言われた日には・・・ぶっちゃけ参ったぜ」
「あ・・・ぁ。まるでドラマみたいな・・・」
「オチだろ。ベタな展開とも言える」
「そんなことないですよ!」

ていうか、滅多にないでしょ、そんな「オチ」!

「ま、とにかく、俺とあいつは相性が悪かったっつーか、結婚には不向きな相手だった。お互いに。そういうことだ」
「未練ないんですね」
「全然。あれから連絡も取り合ってねえし。あっちはあっちで幸せに家庭築いてるんじゃねえか」
「・・・そのこと、奥村さんには言いましたか?」
「会社の連中には誰にも言ってねえよ。だから俺が離婚した直後は、いろんな憶測が飛び交ってたみたいだな」
「あぁ、みたいですねぇ」

どっちにしても、「野田ファンクラブ」の会員で、受付嬢の毛利さんと、奥村さんの彼女の佐藤さんが言ってた「元奥さんの浮気が原因で別れた」説は、あながち間違いじゃなかったってことだ。
なんて考えつつ、コーヒーを飲み終えた私は、お手洗いに行った。

その間に野田さんがお会計を済ませたみたいで、私がお手洗いから戻ってくると、すぐレストランを出た。



「なっちゃん、今週末仕事って言ったよな」
「はい。レンの奥さんの恭子さんと、コラボセミナー開きます」
「あー、前言ってたあれか。もっと先かと思ってたが・・そうだよな、10月の18と19日って言ってたよなー」

前、レンのおうちにお呼ばれされたとき、恭子さんと話していて、どこかで会ったことあるような気がする、という感じがずっとしていたのは、何年か前に、アロマセラピスト・馬淵恭子さんのインタビュー記事を読んだからだと気がついた。

そのことと、方法は違えど、「ビューティーライフ」を提案する志は同じと分かった私たちは、すっかり意気投合して、恭子さんが開くアロマビューティーセミナーに、ゲスト講師としてお呼ばれされたというわけだ。

正直、アロマのことは全然知らない私は、メイクやスキンケア、仕草や立ち居振る舞いといった視点から、美しさについてのお話をすることと、恭子さんや他の講師と、ディスカッション形式で、「美」の話をしよう、ということになっている。

「それがなにか?」
「週末、たぶん土曜実家に行くからさ。おまえも誘おうと思ってたが」
「ええっ!なんで・・」
「34にもなって、誕生日祝いするって言われてもよ」

野田さんのその言い方が、すごく嫌がってるのが伝わってきたので、その点は同情した。
だからと言って、私も実家へお邪魔すると言うのはちょっと・・・ううん、かなりお門違いと思うし。

「野田さん、ご兄弟いますか」
「兄ちゃんが二人。7つ、じゃなくて6つ上と4つ上」
「末っ子だ。やっぱり」
「なんだよ」
「いえっ」

「どうりで甘えん坊みたいな雰囲気ある」とは、ここでは言わないでおこう。

「なっちゃんは」
「私は一人っ子ですよ。いいなぁ、お兄さんいるって。同性だから仲いいんじゃないですか?」
「お互い気が向いたら連絡してるって程度の干渉はしてるが。それよか姉妹のほうが仲いいんじゃねえか」
「うーん、たぶん・・・。とにかく、この週末は、久しぶりにご家族に会うんでしょ?」
「そうだなー。両親ちは月一程度には行ってるが、兄ちゃんたちに会うのは・・・雄太兄に会うのは3ヶ月ぶりか」
「雄太さんって言うんですか」
「二番目な。結婚してっから、義理姉と甥たちも来るだろうな。一番上の和人(かずと)兄には、また会えねえかもしんねえな」
「え?なんで」
「仕事」
「忙しいんですね」
「まあな。和人兄とは半年?いや、今年まだ会ってねえ!」
「ええっ!?お正月は」
「来なかった」
「あ・・・そう」

和人さんって、どんなお仕事をしてるんだろう。
という素朴な疑問を私が抱いたのが分かったのか。

「兄ちゃんは堅気な職に就いてるが、周囲に触れ回るなって言われてるんだ」と、野田さんが言った。

「そうですか」
「公務員とだけ言っとく」
「了解です」
「ちなみに和人兄は40で独身。結婚・婚約・同棲歴ゼロ」
「そこまで聞いてないけど・・・教えてくださって、ありがとうございます」
「そのうちみんなにおまえを会わせるからよ」
「あぁ、いや別に・・・」と私が言ったところで、ちょうどアパートに着いた。

野田さんは、おんぼろアパートをじっと見ている。
その顔は、「ボロい」と言ってる気が・・・アリアリとする。

「野田さん。今日はごちそうさまでした」
「あぁ。また行こうな」
「今度は割り勘で行けるようなとこ行きましょう!」と慌てて私が言うと、野田さんはクスクス笑いながら「おう」と答えた。

「楽しかったです」
「俺も。ところでなっちゃんよ」
「はい?」
「次住むとこ、もう決めたのか」
「あぁ・・・まだなんですよ。年明けくらいから、本腰入れて探そうと思ってるんですけどね。今のアパート、見かけはおんぼろだけど、すごく気に入ってるし。何より住人のみんなと仲良くなったから離れがたくて」
「他の連中はもう決めたのか?」
「悦子さんは、今つき合ってる彼のマンションへ引っ越すそうです」
「あー、年下の男な」

前、野田さんがうちまで朝迎えに来てくれたとき、悦子さんは嬉々として彼の話をしてたから、野田氏も知ってるというわけだ。

「そうそう。クリスティーナは私同様、まだ決めてないらしいけど、もしかしたらオーストラリアへ帰るかもってこの前言ってた。そうなったら寂しいなぁ。で、幸太くんは、3号室のヒロミちゃんと一緒に住むんじゃないかな」
「あいつ、彼女いるのか」
「いますよ。ヒロミちゃんは漫画家です。えっと、なんだっけ・・・“リュベロン”っていう漫画連載してるって言ってたような気がする・・・」
「は?それマジか!?」
「え?ええ、たぶん、そんなタイトルだったと。野田さん、その漫画知ってるんですか?」
「おいおい、知ってるも何も、俺、リュベロンの大ファンだし。なつき、今度その漫画家に会わせろ」
「あぁ・・・言っておきます」

ここでは「あなたを描きたいので、ヒロミちゃんもめちゃくちゃ会いたがってます」とは言わなかった。

「で、1号室の川口さんは、もう物件決めて、年明けに引っ越すと言ってたっけ」

出会いがあれば、別れはつきものと分かっているものの・・・今の環境はすごく気に入ってるし、快適だから、みんなと別れるのは、できることなら後回しにしたい。
でもみんなにも、それぞれドラマがあるし。
私だって・・・。

「俺んち来いよ」
「・・・・・・は、い?」
「次のあて、ねえなら俺んとこ来いって言ってんだよ」

いきなりの申し出に、私はただビックリして野田さんの顔を見ることしかできない。
そして申し出た野田さんは、冗談で言ってるとは思えないくらい、すごく真面目な顔をしている。

「俺んち2LDKだからよ、おまえ専用の部屋もあるぜ。週末は無理だが、平日で俺がいねえときは、うちでセミナーしてもいいじゃんか」
「あ・・・」

野田さん、「自宅でセミナー開くことも考えてるって」前私が言ったこと、覚えてたんだ・・・。

「でも」と言った私を遮るように、「考えとけよ」と野田さんは言った。

私は「・・・はい」と答えたけど・・・それは無理だ。
だって、私・・・。

切ない気持ちが急に込み上げてきた私は、泣きそうになるのをこらえながら、簡潔に「それじゃ」と言うと、シートベルトを外した。

そして車から出ようとしたとき、野田さんに腕を掴まれた。

「なっちゃん。今から俺んち来ないか」
「の、のださ・・」
「下心があって今日は誘ったんじゃねえ。だけど・・・俺たち惹かれあってるだろ」
「そんなことない」

と抵抗した私の声は、とても弱弱しくて、嘘っぽく車内に響いた。
それが野田さんにも分かったと思う。
いつの間にかシートベルトを外していた野田さんは、私を自分へ引き寄せると、顔を近づけると、「今から俺んち来いよ」と囁いた。

セクシーな低音ボイスが、私の理性を崩そうとしている。
だけど私は、必死にその場と現実に踏み留まった。

「なっちゃん。いいだろ?」
「だ、だめっ!」

咄嗟に私は二人の唇の間に手を挟み込んで、野田さんのキスを阻止した。
野田さんは私の手に唇を押し当てたまま、「なんで」と言った。

むくれた声なんだけど、手がムズムズする。
鳩尾も疼いてる。
もしかしたらこの人は、私がこうなることを予測した上で、わざと手に唇押し当てたままなのかもしれない。

ずるい人だ。
でも私は、それ以上にずるい女だ。
と今更ながら気がついた。

思わず目に涙が溜まった気がした。
何より野田さんを直視できない。
私は目を伏せると、意を決して口を開いた。

「私・・・結婚してるの」



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