冷徹御曹司は政略妻の初めてを奪う
傷痕の向こう側





私がおじい様と一緒に暮らし始めて以来、状況の変化に馴染めなかった母に代わって、彩也子さんが私の面倒をみてくれた。

彼女の穏やかな愛情と強さを交えた優しさによって、私は今、幸せに生きている。

彩也子さんは、私の世話と心を壊してしまった父の保護者のような立場になってしまったせいで、望んでいたに違いない人生を、手に入れる事ができなかった。

おじい様はそのことを憂い、ことあるごとに彩也子さんに「申し訳ない」という気持ちを態度や言葉で示していた。

けれど、彩也子さんは、「そんなこと大したことではないのでお気になさらず」と笑い飛ばしていた。

『結婚したくないと言えば嘘になるけれど、大切な人の側にいて役に立つことができればそれでいいのよ』

何度もそう言って私の気持ちをやわらげてくれた彩也子さんの言葉に、私はどれだけ救われただろう。

心が弱く子供の世話をする余裕を失くした両親に代わり、大切な時間を提供してくれた彩也子さんには、どれだけ感謝しても足りないほどだ。

今でこそ自分の境遇を受け入れ、周囲を妬む気持ちや、おじい様に対しての複雑な思いともうまく付き合っているけれど、私にだって反抗期というものはあった。

今となれば誰でも経験する時期だったとわかるとはいえ、おじい様や彩也子さんに反発し、鋭くとがっていた私に手を焼いていたのは確かだ。

そんな時期でも、彩也子さんは動じることなく私を愛情で包み込んでくれた。

それはもう、実の娘のように喜怒哀楽を正直にぶつけ、私を育ててくれた。

だから、『大切な人』という言葉が指す相手はきっと、私に違いない。

そう信じながら、大好きな彩也子さんに全てを預け育てられてきたけれど。

いつからだろう。

私以外にも『大切な人』と思える人が彩也子さんに存在すると感じ始めたのは。




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