博士と秘書のやさしい恋の始め方
◆俺が何をしたと?
おかしい、どう考えてもおかしい……。

ここ何日間か、山下さんの俺に対する態度が明らかに変だ。

決してあからさまに無視をするとか、冷たく当たるとかではない。

表向きは皆にするのと同じように接してはくれる。

業者が菓子折りを持ってきたときには、俺にもちゃんと分けてくれるし。

カップの漂白をするときは俺のも忘れずキレイに真っ白にしてくれる。

挨拶もとりあえずいつもどおり。仕事だって変わらず親切丁寧だ。

しかしながら、どうもよそよそしいというか。

どこか距離をおかれている気がする。

ついこの間までは、もっと親しく話しかけてくれていたのに。

もともと居室では雑談しないのだが、たまたま廊下ですれ違ったときや実験室の出入り口で出くわしたときなど、今までは気さくに話せる感じだった。

研究所の敷地に住み着いているノラ猫の出没情報だの、売店の文具コーナーに入荷した新しい猫グッズの話だの、嬉しそうに教えてくれたのに。

なのに……何故!?


居室の半分はミーティング用のスペースで、もう半分はパーティションで仕切りをした個々のデスクワーク用のスペースになっている。

山下さんがうちのラボに異動になって居室の環境がよくなってからは、俺にとってこの居室が一番仕事に集中できる場所になっていた。

静かで、清潔で、整頓されていて。

自分自身のスペースは完璧とは言い難いが、今は完全な物置からは脱却してどうにかデスクワークができるまでに片付いるし。

これも彼女の影響に他ならない。

しかしながら、通常であれば時間も忘れて作業に没頭できるのに、どうも最近は集中力に欠けている。

仕切りを隔てた斜向かいにいるであろう彼女のことが気になって、落ち着かない。

いかん、このままではいかん。

その、いろんな意味で……。

いっこうに仕事に集中できないことも。

そして、山下さんのことも。
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