インセカンズ
「でね。両家の顔合わせだったらしくて、ホテルのラウンジで待ち合わせしているところを秘書課の子が見掛けたんだって」

安信に婚約者がいるらしいという噂はその日のうちにあっという間に広まり、社内は一日中その話題で持ち切りだった。

安信と緋衣が身体の関係を持つようになってから、二週間が経っていた。

終業後、ミチルとアミと緋衣の三人は行きつけの居酒屋に集まっていた。集合の名目は、安信の婚約者騒動についてである。

「ヤスが言ってたこと、やっぱり本当だったんだね」

ミチルの言葉にアミが頷く。

「相当な美女だったっていうから、これで諦めつく子も多いかもね。本当お似合いだったみたいよ。長年付き合ってるカップルみたいにしっくりきてたって」

アミの許には、いち早く社内の噂が飛び込む。顔が広くコネクションも多い為、彼女の口から語られる噂には一番信憑性がある。

三者三様、相手の女性の姿を想像する。

「こうなったら一発逆転狙いで、告白ラッシュが続くんじゃない?」

「あー、それもあるかも。どっちにしたって、あんなイイ男を振り向かせる自信がある子が後を絶たない事の方が驚きだけどね」

「自信あるのなんて、勘違いしている一握りの女子達だけでしょ? 殆どは、気持ちにケリつける為に当たって砕けろ!ってスタンスの子の方が多いんじゃないのかな」

ミチルとアミが話している傍らで、緋衣は出し巻き卵に箸を伸ばす。

遠巻きに見ている分には、確かに安信は憧れの王子様だろう。けれども、実際近付いてみると中身はおっさんで出鱈目なところもある。決して王子様なんかではなく、人間味のある生身の人間だ。

緋衣は二人の話を聞きながら、少しだけ優越感を持っている自分に気付き、胸の内で苦虫を噛み潰す。これまで接点がなかった相手の一面を知っただけだというのに、そんなくだらないこと思う人間だったのだろうか。冷静さを失いかけているのかもしれない。

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