「恋って、認めて。先生」
2 近付いていた恋の足音

 そうだ。せっかく自由に動けるんだから、純菜と琉生にお土産を買っていこう。売店はたしか出入口のそばにあったよね。

 記憶を頼りに進んでいく。薄暗く、幻想的な青一色に染められた館内独特の空気は、温度といい色合いといい居心地がいい。

 壁全体がガラス張りになった水槽を見ながら歩いていると、何人か、他のクラスの生徒とすれ違った。うちのクラスの子達も今頃楽しんでるかな。


 ぶらりぶらりと楽しんでいると、いつの間にか記憶とは違う通路に来ていた。あれ……?

 まっすぐ歩いていたつもりなのに、間違えた!?


 焦って引き返したが、さっきとは違う所へ出てしまう。大きな水族館の中、私は完全に迷ってしまった。

 落ち着け……。集合時間までまだ時間はある。適当に歩いていけばそのうち出入口にたどり着くだろう。……と、何の根拠もなく思った。


 楽観的思考の使いどころを誤っていることに気付かず、私はのんびり見学を楽しむことにした。

 深い水槽の中、透明な水を切って優雅に泳ぐイルカに見とれ、私は思った。一人で見てるのがもったいない光景だなぁ。


 ふと隣を見ると、違うクラスの男子生徒と女子生徒がいた。付き合ってるのだろう、二人は手をつないで同じイルカを見ている。

「かわいい!」
「こんな近くで見ると迫力あるなぁ」

 キラキラした目で水槽に夢中になっている二人を見て、胸がしめつけられた。

 ああやって、好きな人と目の前の何かを共有しあったこと、私にもあったな。昔付き合っていた彼と……。


 高校生の頃、青春の時間はずっと続くと思っていた。大学生の時もそうだった。私達はいつまでも子供のまま、大人になるなんてまだまだ先のことだ、と。

 だけど、学校を卒業する日はやってきて、私達は社会人になっていった。性格は、考え方は、心は、ずっとずっと変わらないつもりだったのに、いつしか恋の魅力すら忘れ、渇いた心になっていた。

 日常からかけ離れた場所に居るせいなのか、そんなことをとめどなく考えてしまう。

 今の生活に不満はない。お金もそこそこあるし、友達にも恵まれている。仕事の悩みもそんなにない。それなのに、悲しいわけではないのに、私は泣きたくなった。

 人前で泣くなんて、さすがにまずい。

 トイレを探して足早に歩いていると、シアタールームを見つけた。古代に生きた海の生物についての物語が上映されているらしい。しかも、いつ入退室してもいいみたいだ。

 がら空きな席にホッとし、迷わず私はシアタールームのイスに急いで腰を下ろした。

 スクリーンに映し出される綺麗で神秘的な海の生物を見ていたら、わけもなく涙がこみ上げてきた。

「っ……!」

 ここなら誰もいない。思いきり泣いて、後でこっそりメイク直しをして、また、明るい顔で生徒と接するんだ……!

 ボロボロこぼれる涙。直後、私しかいないシアタールームに足音が響いた。誰かが来たらしい。その人に涙を見られないよううつむいていると、足音の正体は無遠慮に私の正面に立った。

「先生。何してるんですか?」
「っ……!比奈守、君っ……」

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