僕と、君と、鉄屑と。
崇高な恋人

(1)

 麗子を用意していたマンションへ送り届け、本日の業務終了。さて、僕も、帰るとするか。

「帰ってたんだ」
「ああ」
「送ってきたよ、彼女」
「そう、ご苦労さん」
僕は彼の隣に座って、今日購入した、真面目そうに見える服、などの領収書を並べた。
「まだ、買う気だよ」
「いいじゃないか、別に」
「経費にする?」
「任せる」
彼はそう言って、僕の肩を抱いて……キスをした。
「初めて合格したな」
初めてだった。今まで、何人も候補者はいたけど、あの『テスト』に合格したのは、佐伯麗子が初めてだった。
「おもしろい子だ」
彼は、何か思い出したのか、ふふっと笑った。彼がそんな風に笑うなんて、滅多にない。僕は……嫉妬していた。
「風呂、入ってくる」

 僕達は、社長と秘書の関係で、大学の先輩と後輩の関係で、一緒に起業し『大人社会』と闘ってきた同志。
 そして、僕達は、愛し合っている。僕は、彼を愛している。彼も、僕を愛している。でも、それは、許されない。決して、知られては、ならない。僕達の本当の関係は、知られてはならない。世界に羽ばたく『社長 野間直輝』は、スタイリッシュで、ハンサムで、スマートなビジネスマンでなくてはならない。センスのいい、上品で、華やかな美人と並ばなくてはならない。
 風呂場の鏡に映る僕は、紛れもなく男で、ひどく痩せていて、胸も尻も、丸くない。足の付け根には、女にはないものが、ついている。僕が女なら。いや、僕が女だったら……僕は彼に愛されなかった。僕も、彼を愛さなかった。僕達は、男だから、愛し合う運命だった。
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