世界でいちばん、大キライ。
捻れる心

「ごめんね、桃花ちゃん」

申し訳なさそうに下げる頭に、顔を横に振りながら桃花は笑顔で答える。

「いえ。近くにいたので。それに予定も……なかったですし」

そう言った桃花の表情はやはり悲しそうなものだったが、頭を垂れてた了はそれに気づくことなく顔を上げた。

「もちろん、穴埋めは考えておくから!」

了は桃花に言いながら黒いエプロンを手早く外し、バタバタとし始める。
それから、入り口の扉に手を掛けて、桃花を振り返った。

「たぶんそんなに遅くならないと思うから! 何かあったら携帯に電話してくれる?」
「はい。気を付けて」

カラン、といつもの音を立てて、了は店を桃花に任せて出ていった。
いつもと同じ立ち位置の、エスプレッソマシンの前で、桃花はぼんやりと時計を眺める。

(10時半……もしかしたら、あのあと来てるかもしれない。でも)

ひとりの男性客がカウンター席で本を読みながらコーヒーを飲んでいる。
その姿に久志を重ねてしまう。

(彼は、無断で遅刻するような人じゃないはず。もしかして、事故にでも遭ったんじゃ……)

最悪の想定をする最中(さなか)、カラン!と店のドアチャイムが音を鳴らした。
反射的に顔を上げ、入り口に視線を向けると、上背のある、黒いジャケット姿の……。

「久っ……」

突然来店した久志の姿に、先程の不安からの安堵と、会えた嬉しさが溢れ出す。
約束した場所がソッジョルノ(ここ)じゃないはずだということもすっかりと忘れるほどに――。
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