いきぬきのひ
「ちょっと、このギャップは、反則物だね」
「ですよね」
 昭和のテイスト漂う時代錯誤な外観とは裏腹な、ウォームトーンのモダンな内装に唖然としている彼を尻目に、フロントスタッフへと軽く会釈する。
 実は私も、初めて来た時はそのギャップにびっくりしたものだ。その時の様子は、職場の同僚達の間で未だに語り種なっているほどに。
 フロントの奧から背の高い黒服の男性が、スマートな身のこなしでエレベーターへと誘導する。きびきびと、でも、こちらの歩幅を気遣いつつのあたりが、何とも心憎い。しかも、黒縁の眼鏡が伊達でないのも、高ポイント。
「えと。七階、お願いします」
 黒服のスタッフはエレベーターのボタンを押すと、扉が閉まりきるまで深々とお辞儀をしていた。
 扉が閉まると、開口一番。彼がつぶやく。
「なんか、アレだな」
 私も、うずうずしてる。
「うん、アレですね」
 ほぼ同時に声が出た。
「執事?」
 二人でクスクスと笑う。
 そういえば。後輩の子が、最近このレストランに素敵な執事様が居る、と瞳を潤ませて言っていたような。
 なるほど、それが今の彼なら充分納得。
「麻衣子さん、好みでしょ。今の」
 ……う。
「ホント、眼鏡属性に弱いよね」
 そう言って、ふふんと鼻でせせら笑っている。
 図星を指されて面白くないから、極上の笑みで言い返してやる。
「ええ。正に、ストライクゾーン、ど真ん中でした」
 自分からふってきたくせに、彼は、ふうんと興味なさげな生返事をよこす。
 親切なのか、意地悪なのか。
 本当に何を考えているのか、さっぱりわからない人だ。
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