いきぬきのひ
「なんか、食べません?」
 お互いに、少しだけ元気が無いのが分かるから、わざと明るく言ってみる。
「……そうだな。休憩、しようか」
 俯き加減だった彼が顔をあげた。そこには、やっぱり困った子犬っぽい微妙な笑顔の彼が居た。
「さぁ、何食べよっかなー」
 私は少し白々しいほど大げさにはしゃぐ。察しの良い彼は、甘いのがいいな、と私に向かって嘯いた。


 散々遊んだ後のおやつは格別だ。今日のメニューはソフトクリーム。お誕生日だから、と互いにごちそうし合う。彼はノーマルなバニラを、私はちょっとだけ贅沢させてもらってチョコとバニラのミックスをチョイスした。
 大きな口を開けて、あむっとかじりつく。
「う〜ん、つめたぁい、あんまぁあああいっ!」
 子供に横取りされることもなく、久々に丸ごとあじわうソフトクリームは正に口幸(こうふく)。無邪気に喜ぶ私の横で、彼も無造作にバニラをほおばった。
 彼の肩越しに、大きな仕掛け時計が見えた。時計は既に四時半を回っている。ふいに、子どもの顔が頭をよぎった。ごめんね、今度はキミと一緒に来よう。
 気づけば、空の色も鈍色からすっかり綺麗な茜色に変わっている。手の中のミックスソフトも最後の一口。突然降って湧いた非日常も、どうやら終盤らしい。
 今日の事をゆっくりと思い返しながら、その一口を味わった。
「……そろそろ、お開き、ですね」
 彼が、ふいに私の腕を軽く掴んで叫んだ。
「じゃあ。あと、一つだけっ!」
 必至なその表情は、普段のスマートな彼とはおおよそ結びつかない。まるで、そう。子供が駄々をこねるような。
 刹那、私の脳裏にフラッシュバックしたのは、自殺する前日の夫の姿。
 私の倍もある様な体を小さく折り曲げ、私に縋りついて号泣していた。
 あの時。私は、夫のそんな姿にすっかり動揺し、声を掛ける事はおろか、身動き一つできず。唯一、できた事と言えば。彼の背中をそっとあやすこと。それだけだった。
 そうして、最後に送られてきたショートメールには。
「トントンしてくれて、ありがとう」
 そして。
「死に逃げる僕の分まで、キミはキミの思うように、生き抜いて下さい」
 思う、ように。
 静かに目を閉じると、そっと、私の腕を掴む彼の手に、もう一方の手のひらを重ねた。そして、かつての夫が望んだように、優しくトントンと、彼の手の甲をあやす。
 彼は目を見開いて、私を見つめた。
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