Fly*Flying*MoonLight
その前の満月

PM10:00 会社の屋上

「ふう……」
 誰もいない会社の屋上に上がる。強めの風が吹いていて、気持ちいい。
満月の光が降り注いて、金色の細かい粒子が身体にまとわりついてくる。

 もう、力抑えるの大変だった……。
仕事も忙しかったし、ストレスが溜まると時々スパークしそうになるし……。

 するすると三つ編みをほどいていく。
 ふわっ……と、自由になった髪が、月の光に踊る。力が身体に満ちてくる……。

 月の光の波に、意識をゆだねる。ふんわりとした空気が、全身を包む。

 風が、優しく身体に纏わりついてきた。目をつむって、風に身を任せる。
――足はもう、床についていない。身体はふわふわと空に浮かんでいた。

 大きな満月が近くなる。今日はスーパームーン。いつもより大きな月が、全身の細胞を活性化する。

 ……気持ちいい……
今夜の光はとってもパワフルで、でも優しい……

『抱きしめられてる感じがするでしょう? 楓。月はね、魔女の味方なのよ』

 おばあちゃん……
私……いつか、なれるかしら。
おばあちゃんみたいな、偉大な魔女に……。

 ふう、と息を吐いた。
(さあ、そろそろ戻ろうかな……)
……と、下を向いた時……

(……っ!!)

 ひ……
(人……がいるっ!?)
 ――屋上の入口の前に、男の人の影。呆然としたように、こちらを見ている。

(しま……っ!!)

 ――がくん!

 月の魔力が解ける。力が……抜け……。

「きゃあっ……!!」
 ――落ちるっ!!

思わず目をつむって、身体を固くした……けれど……。

(……え……?)
痛く……ない……?

「……大丈夫か?」
 こ……この、声……っ!! 朝礼でいつも聞いてる……。
 恐る恐る目を開ける。私を覗き込んでいる、その顔……は……
(や、やっぱりっ!!)

「しゃ、社長っ!?」
(わ、私……っ!?)
 社長に抱きとめられてる!? 私は口をぱくぱくさせていた。

「……お前……」
 社長の声がかすれてる。

「あ、あの……」
 思わず小声になった。
「お、下ろして……もらえます、か……」
 そっと、社長がかがんで、下ろしてくれた。足が床につき、ちょっとほっとする。

「……え、っと……」
 ……み、見られた……よ、ね……ど、どうしたら……っ!!
「……総務部の、内村 楓……」
 げ。バレてる……っ!!
「わ、私……」
 社長が社員の顔と名前、全部覚えてるって噂、本当だったんだ!!
 朝礼の時ぐらいしか、顔見ないのにっ!!

「……なんで、空、飛んでた?」

 そ、そうよね……そう来るわよね……
「き、きっと、気のせい……かな~と……」
 私に突き刺さる、鋭い視線。ううう、どうしよう……。

 ……だめ。ちゃんと話さないと。
おばあちゃんも言ってた。
『魔女は正直じゃないとだめよ』って。
私は思いきって顔を上げ、真っ直ぐに社長の瞳を見た。

「そ…の……」
「……」
 髪が風になびいて、社長の腕に触れた。私の髪をひとすくい、社長が右手に取る。

 ――その途端、身体に電気が走った。
(……ち、力……が……)
ぬけ……

「……おいっ!?」
 社長の顔がニ重に見えた。

 ……。

 落ちて行く……暗闇に……。

 ――そうして、私は、意識を手放した。
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