恋のはじまりは曖昧で
密室の資料室で

社員旅行から一週間が経った。
洗濯したカーディガンも田中主任に返し、すっかり通常モードに落ち着いた日々を過ごしている。

いつものようにデータ入力していたら、出先から戻ってきた橋本さんが乱暴に椅子の上にバッグを置いた。

「あーもう、あのクソ狸め。ホント使えない」

隣の席で図面を見ていた田中主任が驚いて視線を向け、口を開く。

「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないわよ。わざわざH建設の部長に会いに行って仕事の進行状況を尋ねたら『担当は大島だから大島に聞いてくれ』って。その大島くんは今日は出張だし。仮にもあの現場の責任者は川田部長なんだから、今どんな状況なのか把握してるのが普通でしょ。それに大島くんだって部長に報告してるはずなのに……。いい加減過ぎて腹が立つ」

「あの部長は難しい現場の担当になったら若手育成とか言って誤魔化して部下に振っているらしいですね。風の噂で聞いたことがあります」

「そうなのよ。無責任にもほどがあるわ。その分、大島くんがしっかりしてくれているから助かっているけど。あの部長、いつか痛い目をみればいいのよ」

憤慨した様子の橋本さんに田中主任は苦笑いする。
< 93 / 270 >

この作品をシェア

pagetop