蕾の妖精たち
第二章 交点
 その日は霧の酷い朝であった。


 相川幸乃(あいかわゆきの)の水死体が、林間学校を行ったキャンプ場からほど近い、滝つぼの中から浮き上がった。

 まさに、山の主でも住んでいそうな、荘厳な滝で起った事件だった。


 確かに死んでいるのだが、深く眠っているような、そんな美しい死体……。

 駆け付けた県警の富永警部は、余りの美しさに、言葉を失った。


 犬を連れて、朝の散歩を日課としていたキャンプ場の管理人が、偶然にもこの日、いつもは立ち寄らない滝の静けさを好み、発見したのであった。


 落下した大量の水が、叩き付けるように白い泡をつくり、幸乃の亡骸を滝底に押さえ付ける。

 これが、発見を遅らせた一因だった。

 水流は滝底の石々を砕き、撒き散らすことによって、柔らかい砂上のベッドを作り、舞子はふんわりと、そこで眠っていたのだが、このところ続いた干ばつの影響で、滝の水量が減少し、その姿をゆっくりと浮かび上がらせたのだ。

 管理人は浮き上がる瞬間を見たと言い、神秘的な、何かを感じさせるような死体だったと、警察に語った。


 そして、その翌日、翠川孝之の遺体が、同じ滝つぼから発見された。


 二人の行方を追っていた警察は、心中とみて捜索し、相川幸乃の滝つぼから、翠川孝之の遺体を、すまたを使って引き上げたのだ。


 滝の近くに置かれていた鞄の中からは、翠川孝之が書いたと思われる遺書が見付かった。


 外傷もなく、遺書が発見されたことにより、滝つぼへの入水自殺を図ったものだと警察は考えた。


 人知れぬ滝で、ひっそりと教師と生徒の心中事件が起こったことは、世間を騒がすには十分な出来事であった。


 しかし、まだこの時点で真実を知るものなどいない。

 マスコミは学校にまで取材に押し掛け、生徒達の静かな高校生活にまで、影響する事態に発展した。



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