密会は婚約指輪を外したあとで
婚約指輪の罠

一馬さんから呼び出しがかかったのは、霧雨の降る2日後のことだった。

仕事帰りの一馬さんは地下街のコーヒーショップの前で待っていた。

一花ちゃんは預けているのか姿はない。

きっちりネクタイを締めてダークグレーのスーツを着こなした彼は、休日より2割増で真面目な印象だ。


「一花は今日は、ハルじゃなくて元奥さんに預けてるんだ」

「あ……そうなんですね」


元奥さんの話は一馬さんの口から初めて聞く気がする。

なかなか過去の話はしてくれないし、こちらからも聞きづらい。


「たまに、一花はママと二人きりで会ってるんだよね」


遠い目をして寂しそうに一馬さんは笑う。

じゃあ今日は、一花ちゃんにとって特別な日だ。

本当ならママと毎日一緒にいることは、特別ではなく当たり前の日常のはずなのに。


「今日は突然呼び出してごめんね」


急に改まった口調になった一馬さん。


「これをなゆちゃんに渡しておこうと思って」


私でも知っている有名なアクセサリーショップのロゴが入った紙袋を手渡してきた。


「何ですか……?」


誕生日でもないし、贈られる理由は思い当たらない。

首を傾げたそのとき、一馬さんの肩越しに見知ったシルエットを見つけ、密かにテンションが上がる。
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