海老蟹の夏休み
疲れちゃった
 ぶっきら棒な態度だけれど、彼は失言を許してくれた。その上で、水族館に入れないでいる私に、気を遣ってくれたのだ。
 朋絵はそんなふうに解釈して、額の汗を拭う。意外なほど気が楽になった。

(ちょっと冷たい感じだけど、案外やさしいのかも)
 お言葉に甘えて、涼んでいくことにした。


 ロビーに足を踏み入れると、館内をきょろきょろと見回した。やはり記憶よりもスケールが小さく、古いように感じられる。
「あっ、あれは……」
 正面に顔を戻した朋絵は、思わず声を上げた。券売機の横に、サツキマスの透明骨格標本が展示されている。それは、間違いなくここが懐かしい水族館であることを教えてくれた。

 思わずそばに駆け寄り、顔を近付けた。
「そうそう、これが怖かったんだよね」
 子どもの頃は、ホルマリンや樹脂に閉じ込められた標本類が不気味で、まともに見ることができなかった。それなのに、今は懐かしくて嬉しい。

(ふふ……へんなの)
 つい笑ってしまいながら、券売機でチケットを購入した。電車の切符のような厚紙に、以前と変わらぬリアルな魚のイラストが印刷されている。

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