海老蟹の夏休み
知られざる情景
 気が付くと、閉館時間を過ぎていた。
 子ども達にアドバイスしたり、おっかなびっくりザリガニを掴むお母さんの手伝いをしたり、忙しくするうちに時間が経ってしまった。

 楽しくて、夢中になっていた。

「まだいたのか」
 三日月池は夕焼け色に染まっている。
 池の端でぼーっと座り込む朋絵に声をかけたのは沢木だった。彼はイベントの責任者であり、竿やたもなどの道具を学生と一緒に片付け、戻って来たのだ。

 朋絵は立ち上がると、誰もいない池のほとりで、彼と向き合う。
 水面と同じ穏やかな瞳が、朋絵を映している。
 仕事が終わり、緊張から解放されたからだろうか。沢木はとてもリラックスした雰囲気だ。

 朋絵はぺこりと頭を下げた。
「先ほどは、すみませんでした。いろいろと、その……口を出してしまって」
 ザリガニが釣れず、べそをかいていた子どもを手伝うだけでよかったのに。あれから朋絵は、集まってくる子ども達や、アドバイスを求める大人達に、いちいち丁寧にレクチャーした。

 だけど、沢木はそれを止めることなく、好きにさせてくれた。
 たまたま居合わせた高校生が出しゃばった真似をするのを、静かに見守ってくれたのだ。

 もし何かあって、彼が管理責任を問われることになったら大変だ。冷静に考えて、今さらながら朋絵は縮こまった。

「つい、夢中になってしまって……」
「お疲れさん」

 頭を上げると、沢木は微笑を浮かべていた。


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