イジワル御曹司に愛されています
聞きたいよ
同窓会で聞いた、都筑くんの家の事情。あれが関係していないわけはない。


「お父さんが病気で、叔父さんが…?」


もっと真剣に聞いておくんだった。家がすごいと、すごいなりの苦労があるんだなあ、くらいにしかあのときは考えなかったのだ。

家に帰る前に立ち寄った駅前のコンビニで、夕食を見繕う。自炊も気が向けばするけれど、基本平日は、体力温存と時間節約のため出来合いを選んでしまう。

パンやお菓子のコーナーに"桜"のワードやピンク色のパッケージが並んでいるのを見て、もうそんな季節か、と思った。そういえば高校の卒業式があったのも、ちょうど今ごろ。

またここに、都筑くんが寄ったりしないかな、と期待して、買い物の時間を引きのばしている自分に気づく。

これからずっと、そんな偶然を夢見て過ごすはめになりそうだ。




「千野さん」


廊下を歩いていたら、ふいに声をかけられた。ドアの開いている会議室の中からで、数歩戻って中をのぞいたら、顔見知りの先生が座っていた。メールのやりとりばかりで、顔を見るのは久しぶりだ。


「こんにちは、謝恩会、いらしてませんでしたね」

「調査でハワイに飛んでてねー、行けなかったんだよ」


つやつやした肌をピンクに染めた、いいおじいちゃんといった感じの先生が身体を揺らして笑う。引退して庭仕事でもしていそうに見えるけれど、自然エネルギー界の権威だ。


「セミナーの件、お断りして申し訳なかったね」

「いえ、先生のご意向が一番ですから」

「身体がふたつあれば出たかったんだけど、どうにも忙しくて」


この先生には、登壇を依頼して、断られていた。多忙な方々ばかりなので、そういうこともある。


「最終的に、どんな顔ぶれになったの?」

「こちらです」


私はちょうど持っていた資料を見せた。机に置いた出力を、眼鏡を近づけたり遠ざけたりして読み取った先生が、ふいに眉をひそめる。
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