フォンダンショコラなふたり 
佐倉達哉の秘密 (近衛副社長付き運転手)


僕の彼女は、優しくて物わかりが良い。

仕事が忙しかったり、出張続きで何日も連絡できなくても、すねたり怒ったりしない。



「連絡できなくて、ごめん」


「大丈夫ですよ。佐倉さん、お仕事頑張ってね」



と、こんな具合だ。

「どうして会えないの?」 「忙しくても連絡して」 とわがままを言われたこともない 。

彼女の愛情が希薄かといえば、そんなことはなく、時間を作って会いにいくと、はじける笑顔で僕を迎えてくれるのだからたまらない。



彼女と付き合いを始めて、まだ2年にも満たないけれど、同僚としての付き合いは数年にもなる。

前の会社で背中合わせに座っていたのが、山田果梨だった。

甘いものが苦手な僕の代わりに、女の子たちからもらったバレンタインチョコレートを食べて、チョコレートの感想まで伝えてくれる彼女の気配りに感激し、なんていい子なんだろうと思った。

僕が山田果梨を好きになるのに時間はかからなかった。

先輩の紹介で近衛HDへ転職が決まり、退職直前のバレンタインデーに、彼女の大好きな菓子にカードをそえて好きだと告白した。

返事はホワイトデーまで待ってるからと伝えたが、彼女は翌日には返事をくれた。



「私も好きです」


「ありがとう、嬉しいよ」



気を良くして、「つきあってください」 と伝えると、「はい」 と素直な返事があった。

その日から僕たちは付き合い始めた。



表向きの僕の仕事は近衛副社長専属の運転手となっているが、実はそれだけでなく、情報収集や敵情視察という隠密行動も含まれている。

僕の家は、先祖代々隠密の仕事を請け負ってきた。

代々引き継いだ情報網とノウハウを生かして近衛副社長のもとで働いているが、僕の仕事の内容はごく限られた人しか知らない。

一日の動きや出張先なども秘密であり、恋人にも気づかれないようにしている。

そのため、連絡が滞りがちになり、これまで恋愛の続行を難しくしてきた。


果梨との交際は、今のところとても順調だ。

詮索しない彼女のおかげといってもいい。

好きだと告白したバレンタインデーからひと月後のホワイトデーには、彼女の部屋に招かれ、手料理と部屋の合鍵のプレゼントがあった。



「佐倉さんが来たいときに、いつでも来てくださいね」


「事前に連絡できないことも多いけど、それでもいいの?」


「はい、いつでもどうぞ」


「僕の仕事は不規則だから、予定もたたないし、急に変更になることだってあるよ」


「だから鍵を持っててください。急な訪問も大歓迎ですから。

あっ、でも、私に予定があって会えない可能性もありますね……

そうだ、部屋に着いて私がいなかったら、そのときは連絡してください」


「果梨さんは、本当にそれでいいの?」


「サプライズって楽しいと思いませんか。 私、わくわくするの大好きです。

佐倉さんのお仕事って極秘任務とかあるのかな、なんて想像して、一人で盛り上がってます」


「ははっ、そんなことないよ。まだ新人だからね」



僕の彼女は僕の秘密を知らない。

けれど、ときどきハッとすることを言って僕をドキドキさせる。



「果梨さんと呼ばれるのも好きですけど、かりん、って呼ばれたらもっと嬉しいかも」


「あっ、うん……」



こんなサプライズが待ち構えていたとは思わなかった。

そばにいる彼女に鼓動が聞こえるのではないかと思うほど、僕の心臓は大きな音を立てている。

やっとの思いで 「かりん」 と呼びかけて、果梨の肩を抱いた。



「もう一度呼んでください」


「かりん」


「ふっ、ドキドキします」



そのとき、どうやってキスをしたか覚えていない。

僕の彼女は優しくて、物わかりが良いだけでなく、僕をドキドキさせる。


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