わたしは一生に一度の恋をしました
初めて訪れる故郷
 高校三年生の夏、母親の千明が亡くなった。交通事故だった。

 早朝の日が昇りきらないうちに起きた事故で目撃者はいなかった。犯人は不明のまま、警察から遺体を引き取り、火葬だけしてもらうことになった。

 本来は葬式を挙げるべきなのかもしれないが、そんなお金はない。火葬の資金も母の貯蓄していた資金からなんとか出したものだった。

 彼女が無理に葬式などをしても喜ばないことも分かっていたし、呼ぶ人も思い当たらなかったのだ。

 テーブルの上においてあった母の写真に目を向ける。

 彼女は年齢よりも若く見られていた。大きなぱっちりとした二重の瞳に、赤い唇が母親の顔をより幼く見せているのかもしれない。

 母親の一生を振り返ってみて、彼女は果たして幸せだったのかと疑問に思う。

 豊かな生活ではなかったが、母に対する否定的な気持ちは皆無だった。彼女は自分を一番の宝物だとことあるごとに言ってくれたからだ。

 わたしは彼女の子供として生まれて、幸せだった。

 だが、同時に心に鈍く突き刺さる感情もあった。それは自らが母親の幸せを奪い取ってしまったのではないかという気持ちだった。


 父親のいない子というのがどのような環境で産むことになったのかは想像ができる年齢に達していたからだ。

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