行雲流水 花に嵐
第七章
 文吉は川沿いの土手に身を沈めて、通りを見ていた。
 すでに色町も眠りにつき、行き交う人もいない深夜である。

 文吉のいる土手の先には、この裏道には似つかわしくない立派な建物がある。
 亀屋である。

 文吉はここ数日、亀屋を張っていた。
 片桐から、竹次を追うよう指示されていたのだ。

 竹次がおすずを監禁しているに違いない。
 竹次を追えば、必ずおすずのところに行く。

 片桐があまりしつこく聞くと怪しまれるし、竹次を尾けようとしても片桐では目立ち過ぎる。
 ということで、面の割れていない文吉が竹次を張っていたのだ。

---そろそろ動いても良い頃だ---

 文吉が亀屋を張って二日目だ。
 まだそう経っていないが、竹次の執着っぷりから、そう間をおかずにおすずの元に行くだろう。
 文吉も一日中見張っているわけではないので、もしかすると昼間などにも行っているかもしれないが。

---片桐の旦那の話じゃ、今日は一日見世にいたってことだし、動くとすると夜だ---

 とはいえ色町の仕事は夜である。
 繁盛時に抜けるとも思えず、営業が終わる少し前から張ることにした。

 文吉がここに身を隠して、すでに一刻ほど経っている。
 通りを吹き抜ける風に、亀屋の暖簾がばさばさと揺れた。

 その暖簾の奥に、小さな灯が見えた。
 文吉の目が光る。

 提灯を持って、竹次が出て来た。
 辺りを窺う様子もなく、そのまま通りを歩いて行く。

 竹次の背が小さくなってから、文吉は通りに出た。
 人通りがないので、距離を取らないと気付かれる恐れがある。

 ただ離れても提灯の灯りが見えるので、見失うことはない。
 結構風があるので多少の音も気にはならないだろう。

 色町から抜けてしばらく歩いたところで、竹次は横道に逸れた。
 文吉は走り、すぐに間を詰める。

 そっと曲がり角から覗いてみると、先に板塀を回した仕舞屋があった。
 提灯の灯が、すっとそこに吸い込まれる。

---あそこか---

 文吉は板塀に近付き、中の様子を窺った。
 長く空き家だったようで、板塀はところどころ破れ、中の様子は容易に見える。
 庭には雑草がはびこっていた。

 文吉は板塀の周りをぐるりと回り、裏手にあった大きめの破れから中に入った。
 そろそろと建物に近付き、さらに様子を探る。

 奥のほうから、微かに声が聞こえた。
 文吉は息を詰めて耳を澄ませた。

---男の声しか聞こえねぇな---

 だが誰かと喋っている。
 しばらく耳を澄ませていると、床を擦るような音と、か細い悲鳴が聞こえた

 少しの間、じっとしていた文吉は、しばらくしてから、そっとその場を離れた。
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