行雲流水 花に嵐

第九章

　翌日、亀屋に顔を出した片桐を、勝次は早速連れ出した。

「こんな朝っぱらから移動すんの？」

「朝のほうが怪しくねぇだろ」

　言いつつ、勝次は歩いて行く。
　しばらく歩くと、前方に小さな川が現れた。

「船で行くのか」

「ああ。元々俺たちゃ伏見のほうが縄張りだったんだ。言ってしまえば今の亀屋のほうが二号店よ。特別座敷のほうは、大親分が仕切っていなさる」

「なぁるほど～。てことは竹ちゃんは、そこ自体に行ったことがないわけね」

　勝次が足を止めて振り向いた。

「何故だ？」

「だってあの子、大親分なんてそうそう会えないとかって、やたら雲の上のお人って強調してたもの。はぁ、だから娘っ子を引き渡すのを渋ってたわけね。特別座敷に行っちゃったら会えないものね～」

　つまり竹次は、亀松に会うことも叶わない下っ端ということだ。

---いよいよ用無しじゃない---

　さっさと斬られてしまえ、と心の中で悪態をつく片桐に、勝次は再び歩き出しながら笑った。

「ま、野郎からしたらそうだろうよ。大親分は用心深いから、滅多に表にゃ出ねぇしな。シマを広げようって色町に乗り出したが、実際の切り盛りは俺に任されてるしな」

「そんなにこそこそする必要あんのかい？　臆病だねぇ」

「誰だって捕まりたくはねぇだろ。それに、顔を知られちゃいろいろやりにくいんだよ。大親分は昔から、拐（かどわ）かしをやってたし、顔が割れるのは得策じゃねぇ」

「娘を調達できなくなるからかい」

「そういうこった」

　舟は滑るように川を走って、狭い賀茂川から鴨川を下っていく。
　伏見には船宿が多く、商人の姿も多い。
　その間を縫うようにして、二人を乗せた舟は小さな桟橋についた。