イジワル上司に甘く捕獲されました
不安の始まり
初めてのお泊まりをした日。

一緒にお風呂に入ろうと子どもみたいに駄々をこねる潤さを必死で振り切って。

宝物になった指輪は一旦潤さんに預けて。

恥ずかしながらお風呂をお借りした。

心配していたマスカラ、というかお化粧を落とせるだけ落とす。

男性の独り暮しなので当たり前だけどクレンジングなんてなく……お肌には悪いけれど石けんを借りる。

着替えとして潤さんが貸してくれたスウェットの袖と裾を何度も折り曲げて着る。

スウェットにも潤さんの匂いが染み付いていて。

包まれているようでとても嬉しくなった。

「あ、あのお風呂と着替えをありがとう……」

おずおずとリビングに戻った私を。

キッチンから目を細めて微笑んで見つめる潤さん。

素っぴんを気にして俯きがちな私に。

何でそんなに化粧を気にするの、美羽は別にどんな状態でも可愛いのにと不思議そうな潤さんの声は無視する。

……女の子は皆気にするの!と小さな声で反発して。

しかも自分は何もしていなくても整っているくせに……と口を尖らせてブツブツ言う私に苦笑して。

頬を大きな両手でソッと包んで私にチュッと音をたててキスをした。

「……な、っな……」

思わず赤くなった私に。

「ほら、可愛い」

ニッコリする潤さん。

「……もぅっ!」

「ほら、機嫌直して。
パンくらいしかなくて悪いけれど、軽く食べて。
着替えに帰るんだろ?
それからデートしよう、勿論……指輪ははめてきて」

言われて、反射的に返してもらった指輪を見つめる。

キラキラしていて、とても綺麗で。

さっき気が付いたばかりなのに、薬指に存在してくれていることにとても安心する。

「……気に入った?」

「うん、とても。
本当に……ありがとう。
うまく言えないけれど……すごくすごく嬉しい。
あの、でも仕事では……」

左手の薬指にはめるわけにはいかないよね、と思案すると。

「俺ははめてくれていても全然いいよ。
正式な婚約指輪じゃないけれど。
……それは近い将来に贈るつもりだから。
その覚悟の証。
ただ、美羽が気になるなら、仕事中は外してくれていても構わないから」

コーヒーを飲みながらサラッと言う彼に。

言葉が喉の奧でつまる。

胸がいっぱいで何にも言えなくなって。

視界がぼやけてくる。

ああ、もう……潤さんはどれだけ私に嬉し涙を流させてくれるのだろう。

私が欲しい言葉や想いを、私が思う前に、感じる前に与えてくれる。







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