溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
ムーンロードに願いを

鼻歌が聞こえる。孫への思いを歌った、じいちゃんのお気に入りの演歌。どうやら、とても機嫌がいいようだ。

「いやぁ、楽しみだなぁ、沙奈。旅行なんていつぶりだっぺ」

「そうだね、じいちゃん。私が小学生のときに伊香保に行って以来かな」

後部座席で弾んだ声を出すじいちゃんに、私も明るい声で返事をする。

私たちは現在、主任の運転で伊豆に向かっている。一泊二日の小旅行。言い出しっぺは、私の隣で涼しい顔で運転をしているこの人だ。

「今なら有休がとれるので、旅行に行きませんか」と、彼に提案されたじいちゃんは、大喜びした。あんなうれしそう顔を見たら、とても嫌だとは言えない。

それに見てしまった。盛大に顔を引きつらせている私を見て、主任がニヤリと意地悪な笑みを浮かべたのを。

なんだか嫌な予感がする。この旅行で、なにか企んでる気がしてならない。

「あー、そうだなぁ。あのときは石段街で疲れたって駄々こねておんぶして歩いて、じいちゃん死ぬかと思った。そんで、玉こんにゃく買ってやったら大喜びしてたら、落としちゃってな。いやぁ、泣くわ泣くわ。ま、買い直してやったらすぐにご機嫌直ったけどな。東吾くん、沙奈と喧嘩したときは、うめぇもん買ってやるといいよ」

「そうなんですか。それはありがたい情報ですね。信用されてないんですかね。特別な関係になっても沙奈さんは悲しいくらいに秘密主義で、なかなかそういうことを教えてくれないので。もっとそういうこと教えてください」

はい、出た、嫌味。突然、プロポーズをされたあの日から、主任はこんなふうにチクチク嫌味を言ってくる。

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