天使の足跡






ブラインドの隙間から陽の光が差していて、僕は目覚めた。

寝ぼけた目をこすりながらブラインドを上げると、一気に日光が部屋を満たした。

出かける準備をして部屋に鍵をかけ、駅に向かう。




ホームに立って辺りを見回し、また偶然に彼女に逢えないだろうか、という小さな期待を抱いていた。


でも、彼女はどこにも見当たらない。


──不思議な感じだ。


見ず知らずの、赤の他人。

それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう?

彼女がいなくなって、何か物足りなさを感じていた。


その理由はよく分かるのだけれど(ヒトメボレしたせいだ)、それだけではない気がする。


「これでもう二度と会うことはないだろう」と思うと、やるせなささえ感じる。


……切ない……


そういう感情。







 * * * * * *






「なあ槍沢、お前『あの子』見たことある?」


授業中に、隣の席の田中が言った。

首を横に振ると、田中は更に声を殺してこう言うのだ。


「最近噂の奴だよ」

「え?」

「俺さあ、昨日見たんだよな、そいつ。想像と違ってビックリした。南高の生徒なんだってさ。夜中、頻繁に街を歩いているらしい」

「へえ……」


確認しなくとも、誰の話なのか分かった。

2年生になってから、結構その噂を耳にしていた。

南高校の、不良生徒の話だ。

僕はそいつを知っている。

だから早くその話が終わってくれないかと願っていた。

そんな僕の気持ちを知らない田中は、次々に『オオタ』の話を並べていく。


「そのバイトっていうのが、どうもヤバイらしい。黒いことしてるって噂だ」


言いながら、歯を噛みしめた。


「あと、東高の不良を殴り飛ばしたって噂もあるし、片っぱしから金巻き上げてる噂も……」
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