嘘婚―ウソコン―

*働かないか?

例えるとするなら、どん底に落とされた。

今の気持ちを表すなら、それが正解だ。

バタン…

自分で閉めた更衣室のドアがやけに大きく聞こえた。

まだ新品の匂いがする畳のうえに座り込んだ。

千広はその匂いを消すように息を吐いて、
「――クビだって…」
と、小さく呟いた。

バイトを始めて、今日で1ヶ月を迎えた。

せっかく職場になれたと言うのに。

まだ1ヶ月――いや、ようやく1ヶ月が経ったと言った方が正解だ。

ここに勤めてから、ようやく1ヶ月を迎えたと言うのに。

千広は、先ほどの大前の言葉を振り返った。


「人事削減のためなんだ。

せっかくのところ、申し訳ないんだけど」

本日の業務も終わり、帰り支度をしようとした千広を大前が呼び止めた。

そして、告げられた。
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