孤高の天使

悪魔の涙



次にイヴが目を覚ましたのは頬を舐める何かを感じた時だった。


「んっ……」

くすぐったさに小さな声を零すが、その行為は繰り返される。

「ん…ラバル…くすぐったい…」

毎朝起こしてくれる友達の名を夢見心地で呟くが、ふとイヴは我に返り目を開く。するとそこには紅の瞳を持ったフェンリルが見下ろしていた。あまりの威圧感に一瞬ビクリと体を震わせるが、フェンリルは危害を加える気がないと見え、ホッと安堵した。

そして、イヴは気だるい体を起こしながら、目の前に広がる現実が夢ではないことを再確認する。ルーカスのいうことが本当ならここは魔王の城だろう。しかし、魔王の部屋というには余りに普通で拍子抜けした。

石造りの部屋は一見冷たく感じるが、柱にともる灯りが柔らかい雰囲気を作る。部屋の中央部には円形の台があり、天窓から差し込む蒼い月の光が幻想的だった。床には足が沈みそうなほどぶ厚いワインレッドのふかふかな絨毯。脇にはゆうに三人は入る天幕付のベッド。どれも魔王の痕跡をたどるには普通過ぎた。



そして、ふと火のついていない暖炉の上の壁に視線を持っていく。そこには見事な装飾が施された大剣と黒い短剣が飾られていた。その剣を視界に入れた瞬間、イヴの頭に電流が走ったような痛みが駆け巡った。




「なに…これっ……」

突然の頭痛に頭を抱えていると、部屋の調度品が大きく揺らすほどの羽音が聞こえた。まだ痛みの残る頭を抱えながら部屋の中央に視線を遣る。そして目に入った光景に息を飲んだ。




幾重にも重なる蒼月の光の中に舞い降りる悪魔。闇夜に溶け込みそうなほどの漆黒の羽を広げながら天窓から降り立つ光景はスローモーションのように見え、その一コマ一コマが脳裏に焼き付く。

最も驚愕したのはその悪魔が有する羽の数だった。部屋をも覆い尽くさんばかりの大きな羽は左右に三枚。六枚羽を持つ者など未だかつて見たことがなかった。

一陣の風を起こしその悪魔が降り立つと、部屋中に風が立ち込め灯りが揺らいでフッと消える。



暗闇の中、天窓からの明かりに照らされた悪魔。もうこの悪魔がただの悪魔ではないことは分かっていた。



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