crocus

初仕事


翌朝、鼻を掠めるひんやりとした新鮮な朝の空気の心地よさに自然と目を開くと、未だに見慣れない天井に少し驚いた。

ポクポクポク……と状況を把握し、あぁそうだ。住み込み従業員になったのだ、と思い出すとゆっくり体を起こした。

オーナーさん達が手配してくれた可愛らしいタンスや照明などの家具を見渡せば、嫌でも笑みが零れる。こんなに目覚めがいい朝は、どれくらいぶりだろう。

一つ伸びをした後、タンスからタオルを取り出し、若葉は1階の洗面台へ顔を洗いに向かった。

◆◇◆◇◆◇◆◇

「ふぅ~」

寝ぼけ眼を冷水でシャキっとさせた後、リビングに抜ける扉に近づいてみた。

閉まっていても、にわかに聞こえてくる喧騒にドキリとした。ゆっくりドアノブを回してみれば、向かって左側のキッチンから声がするようだ。さらに言えば焦げ臭い臭いも……。


「だーかぁらっ!俺は目玉焼きするから、お前は魚担当なっ!って言ったじゃねーかよ」

「卵割ることに関してはパティシエの僕の方が上手なんだから、僕が目玉焼きっていうのが普通でしょー」

「お前な!さっきは『目玉焼きの気分じゃないなー』っつってたろぉが!」

「それはぁ、目玉焼きじゃなくてー、ゆで卵とかー、玉子焼きとかがいいなぁって意味で……あっ、若葉ちゃんの玉子焼きおいしかったよねー」

「うまかったけど!今はこの墨の魚をどうするか考えねぇと……。要が見たら

『なんだこれは。焦げというのは発がん性のリスクを高めると言われていて……』

とかなんとか言うぜ、絶対、100パー、命賭けてもいい!」

「ふふっ」

琢磨くんと上矢さんのやり取りをこっそりと見ていた若葉だったが、琢磨くんの桐谷さんのモノマネがあまりにも上手で笑いが漏れてしまった。

「うわっ、若葉!見てたのかよ 」

耳まで真っ赤になっている琢磨くんに気づいて、口元を押さえながら、ごめんなさいと思いを込めて眉間にくしゃっと皺を寄せた。


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