crocus

優しいヘタレのスランプ


その日を境に恭平さんは若葉に対してよそよそしくなった。

目が合えば逸らされてしまい、営業中でも他人行儀でそっけない態度。極端に距離を置かれていた。

理由は分かっている。

若葉は、恭平さんに避けられる度に、あの日の帰りのワゴン内での会話を思い出しては、言い切れぬもどかしさが胸を締め付けた。

◆◇◆◇◆◇◆◇

若葉と長谷川さんでコーヒー豆をクーラーボックスに詰め、ワゴンに乗せ終わる頃、恭平さんの体調は回復したようだった。

長谷川さんに2人で謝罪すれば、優しく笑う長谷川さんは何か事情を知っているようで恭平さんの肩をポンポンっと叩いていた。

開店時間も近づいていたので、急いで2人でワゴンに乗り込み車を発進させた。こんな時に運転させるなんて申し訳なくて、若葉は助手席で小さくなっていた。

車内は静かで時折、若葉が指示を出す声とそれに返答する恭平さんの声がするだけ。

いくつ目かの信号待ちの時に、ぐるぐる廻るモヤモヤに苛まれていた若葉は思いきって胸の内を明かした。

「あの、恭平さん……。ごめんなさい!さっきの原因はどう考えても私のせいですよね?本当にすみません……!」

体は正面に向けたまま、ダッシュボードと同じ高さまで素早く頭を下げた。

恭平さんの様子がおかしくなってしまったのは、扉が閉まってからのこと。きっかけを作ったのは間違いなく自分だ。

意識が戻り、コーヒー豆が散らばった床を見た恭平さんに、あんなにも悲しい顔をさせたことが一番辛かった。

目をぎゅっと瞑ると浮かぶその表情。

沈黙は永遠のように長く感じられた。

「……頭上げてよ、若葉ちゃん」

若葉は足元を見下げたまま、体だけをゆっくり起こす。心臓がどこにあるのか改めて気づくほど、鼓動の振幅が大きい。

車がゆっくりと走り出した。
信号が青に変わったようだった。

その流れに沿うように恭平さんがポツリと気弱な声で、それでも少し誤魔化すようにゆったりと話した。


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