失われた物語 −時の扉− 《後編》【小説】

悪鬼と悪党と悪魔







男はいつも通り部屋にやってきて

やっぱり黙ったまま僕を抱いた

抱いたあとベッドの端に座り

いつも通り服を着て

いつも通りタバコに火を着けた

部屋にタバコの匂いがひろがって

いつも通り僕はベッドの中で

打ちのめされたまま倒れていた




「明日だ…」

男は口を開いた

「明日の夜に取り引きとなる…お前

もブツと一緒に引き取られることに

なる…あの客にな」

僕は男の背中を眺めていた

「この部屋より…死に近い場所…で

すか…」

男は苦笑した

「地獄から墓場に連れ去られる」

男は不意に振り向いた

僕を見下ろす目の中に

僕が映っていた



「そうなってみるとな…急にお前の

こと…惜しくなる」

男は僕に笑いかけ

また前を向いた

「死なせたくないってな」




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