絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ

子供の遊園地

「あれ?」
 このビルの前でこんな私服で出会うとはまた珍しい。
「あれー??」
 相手もまん丸の瞳をくりくりさせながら首を大きく傾げた。
「おはよう……早いね」
 香月は腕時計を確認した。時刻はまだ9時前。同時に打刻してしまったことを思い出したが、それも全て宮下がどうにかしてくれると、勝手に全てを任せた。
「昨日大学の飲み会があって、今2人で朝帰りなんですって言っても、勘違いしないでくださいよ!」
「勘違いするも何も……」
 佐伯は無愛想な背の高い男の子と2人並んで朝の通勤ラッシュを抜けて、本社ビルの前をよぎろうとしていたところであった。
「じゃあ……」
 男の子はすぐに佐伯から離れて先を行く。
「へえー、別にそんな言い訳しなくていいのに」
 佐伯のいつも通りを見た途端、自分がいつも通りになれたのがとても不思議だった。
「違いますってば! 完全に。あーあ、正直に言うんじゃなかった」
「はは、ごめんごめん。ふーん。なかなかイケメンだね、あの子」
「でしょー! だけど性格がイマイチなんですよね、よく言えばクール、悪く言えば愛想なし」
「へー、別にどっちでも印象いい気するけどね」
 2人は、おそらく振り返ることのない、人々より頭一つ分高い黒髪を見つめながら評価する。
「そうですかぁ? 今ここ歩いてきただけで、私一体どれだけ喋ったことか!」
「あ、苦手なタイプ?」
「どちらかというと。だけどなんとなく一緒に出てきて……ねえ、知らん顔もしにくいかなあと思って」
「まあねえ、同級生だし」
「で、先輩は何してるんですか?」
 佐伯にこのスーツの良さが伝わったのかどうかは分からないが、とりあえず、出社時刻にスーツで外でうろうろしていることが不審であるということは、伝わったらしい。
「え、私ぃ?」
 ってこれからきっと、誰もいない新東京マンションに行こうとしている。
「うーん、さぼり」
 に、違いない。
「え、いいんですか、そんなのできるんですか?」
「できないけど……、まあ、宮下店長が何とかしてくれると思う」
「うわー! 酷いなあ、全然仕事してないじゃないですか!」
「いや、新聞切って貼る以上に、大切な仕事はしてるよ?」
「雑誌切って貼るとか?」
「いい線いってる!」
「でもこんなところで立ち話もまずいですよ!」
「そだね……ねえ、今日の予定は?」
「家帰って寝ます」
「じゃあディズニーランド、行こう」
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