愛は満ちる月のように

(3)いざよう月

古いビルを改装した一階と二階がレストラン、三階と四階がオーナー那智の私室になっていた。

繁華街からは少し離れており、個人ビルや個人事務所が集まった、小規模だがオフィス街と呼ぶのが相応しい一角。高いビルは悠の勤める一条物産支社ビルくらいか。あとはかろうじてエレベーターが一基付いているようなビルばかりが並んでいる。

たまに、スナックの看板や居酒屋の赤提灯も見かけるが、『十六夜』の斜め前に交番があるため、深夜になると付近一帯は静寂そのものだ。


三階には外階段からしか上がることができない。

そこをわざわざ上がって来て、深夜の一時に玄関ドアをガンガン叩く人間はまずいない。


「一条……何時だと思ってるんだ?」


閉店が十時。それから、後片付けや翌日の仕込みなどの作業がある。

この時間に那智がベッドに入っていることはまずないが、かといって、来客を喜んで迎える時間帯でもないだろう。


「こんな時間にやって来て……彼女と一緒のところを邪魔したら悪い、くらい気を遣ってくれ」


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