愛は満ちる月のように

(4)彼女の選択

「夫婦ゲンカですか?」


おはよう――とオフィスのドアを開けて挨拶の前に返ってきた言葉がそれだった。秘書室のメンバーは、悠と突然現れた妻の動向が気になって仕方がないらしい。


「君たちには関係ないよ。それより、挨拶ぐらいはしたまえ」

「し、失礼いたしました。おはようございます。本日は昨日早退されたときに行われた会議の報告書に目を通していただきますのと、決済の書類が……」


(鼻の下でも伸ばしてくると思ったんだろうな。ゴシップ好きの連中め)


本部長付きの秘書はふたりいる。悠が本社から連れてきた人間はひとりもおらず、ふたりとも前任者から引継いで残ってもらった。

女性の秘書が川口絢子といい、悠よりひと回り年上で今年大学生になる息子がいるという。彼女には接客やスケジュール管理を任せていた。お節介がたまにキズだが、気のいい女性だ。

もうひとりは男性で戸田順平といった。悠より一歳上で、主に本社とのやり取りを任せている。機転が利いて役に立つので、取締役としての業務に同行することもあった。待機中は秘書室にいることが少なく、今もここにはいない。仕事さえこなしてくれれば、悠は別段気にする性格ではない。


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