桜が求めた愛の行方

2.5年前

ー5年前ー

藤木要人が不幸な事故に遇い、
あっけなく逝ってしまって1年が過ぎていた。

悲しみがようやく昇華され、さくらに変わらぬ日常が戻ったばかりのある日。

『またそんな悪い冗談を言って』

『冗談なんかではないのよ』

佐伯勇斗との結婚話は、
子供の頃から聞かされていたけれど、
本気にするはずがない。
そんなドラマやマンガの世界の様な事が、
現実になるなんてどうかしているわ。
彼の事は嫌いじゃない……
でも、いくら何でもこんな強引なやり方は
ないはずよ!

『お母さま、私まだ二十歳よ?!』

『私があなたのお父様と婚約したのも
 同じ年だったわ』

『ねぇ、どうして彼と?
 お祖父様ならもっと他の相手を選びそう
 なのに?』

佐伯商事は立派な会社だけど、
うちにとっては特別有利ではないし、
お祖父様の大好きな格式とか由緒正しきには
当てはまらない。

しかも彼は佐伯家の長男じゃない!

『さくら、ごめんなさい……』

『なぜお母様が謝るの?』

『ごめんなさい』

パパが亡くなってから母はずっとこんな感じだ。
両親が政略結婚なのは、この世界ではしかたない事だったのかも知れない。
二人は外見はとてもお似合いだったが、
いつもどこかお互いに遠慮があって、
仲は悪くなかったが、愛しあっていたと言うには距離があった。

さくらは、小さな頃から二人の温度差を感じていた。

私だって大恋愛の末に結婚なんて夢見るのはとっくに諦めている。

でも、お見合いをしてお互いを知ってからという段階くらいは望んだって良いじゃない?
なぜ急に婚約なの?!

『わかった!留学の事を言ったからね?』

『さくら……それとは話が違うのよ、
 とにかく決まった事だからお願いね』

母はそう言って逃げるように部屋を
出ていった。
多分そういう事なんだわ。
私が留学したいって言ったのを反対するためにこんな事を……
反対なら、はっきりそう言えばいいのに。

扉をノックして家政婦のナミさんが、
大きな箱を抱えて入ってきた。

『それはなに?』

『大旦那様からですよ』

箱を開けると、桜の模様が豪奢な振り袖が
出てきた。

『やだ!お祖父様ったら呆けたのかしら?
 成人のお祝いはお正月に頂いたのに!』

『お嬢様……』

ナミは呆れたように首を振って、着物を整えた。


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