お医者様に好かれるだなんて、光栄なことだと思ってた

行けるかもしれないドライブ


 翌日金曜日が祭日だったため、土日を挟んで3日本間と会えなかったことになる。

 そう思った自分を一旦否定し、会わなかったことになる、と考え直した。

 背を正してまっすぐ前を見る。

 今日も売店のレジで、本間が来るのをただ待つ。診察前の8時15分頃に売店に現れるのが彼の日課だ。

 それが自分達の日課になって、ついに食事に行く仲までになった。

 その先があるのかどうかは分からない。

 けど、自分がその先を望んでいることに間違いはなかった。

 ぼんやりとしながら数分間待つ。高鳴る鼓動とは逆に、今日休診日だったかな、と疑問に思いながら腕時計を見た。

針は既に25分を過ぎている。8時半からの診察なので今日はもう来ないかもしれない。そう悟ると、突然、もう2度と来ないのではないかという不安にかられた。

 ドライブに誘ったのがまずかったに違いない。あの一言で不信感を抱き、不倫なんてするつもりないのにと、飽きれられたのかもしれない。

 しかし、それならばそれでいい、不倫なんてするつもりさらさらないのだからと真紀は自分に言い聞かせながら、午前の診察が終わるのを今か今かと待った。

 午後12時を過ぎても11時半までの受付分が終わらないと、午前の診察は終わらない。

 ということは、もう何時にここへ来るのか全く分からないまま、真紀はどんどん仕事を進めていた。

売店は基本1人でいるが、休憩時間だけ別の人が入ってくれるようになっている。休憩時間は1時間あるが、時間帯は自分で決められるため、今日はどのタイミングで食事に入ろうか悩むところだった。

 時計を見ながら、ジュースの段ボールを開けて考える。

 午後1時半から午後の診察が始まるので、昼の間に売店に来るとしたら、大体12時から1時半までの間だ。

 ということは、1時半をすぎてから食事に入るのが一番良いに違いない。

「今日は野菜ジュース飲んでないのに、1日が始まっちゃったな」

 聞き覚えのある声に、ハッと振り返った。

「あ……お疲れ様です」

 そう言うのが精一杯だった。慌てて立ちあがり、ショーケースから野菜ジュースを取り出してレジへ向かう。

「今日は栄養ドリンクも一緒に下さい」

 本間はそう注文したので、

「ええと、どれにしましょうか」

と聞きながら、ショーケースへもう一度向かう。

「どれでもいいよ。おススメで」

と言われても全く分からなかったが、聞き返す勇気もなくて、適度な298円の物にした。

「あっ、もしかして今日は野菜ジュースいりませんか!?」

 勝手に取ってきたが、違うかもしれない。

「いるよ。ここへは野菜ジュース買いに来てるんだから」

 一度目が合った。良かった、いつも通りの普通の顔だ。

 続いて順番にレジを通していく。

「というより、吉住さんに会いに来てる、の方が正しいのかも」

 ビニール袋を取る手が止まった。

「ごめんね、この前ドライブ行けなくて」

 顔を上げる勇気はなく、ただ少し顔を横に振る。

 真紀はそのまま手を止め、俯いたまま本間の声に全神経を集中させた。

「ドライブ行けば良かったな。僕は土日出られないから今度はいつ行けるか分からないし」

 平日休むということは、診察を休診することになり、むやみやたらに休みをとるわけにはいかない。また仮に会議で休診したとしても、空いた時間があることなど滅多にないに違いない。

「一応ね、今度の会議は大阪であるんだ」

 まさか、大阪について行くなんて……。

「2日休診して、帰って来るのは2日目の午後、早かったらいいんだけど……。話、聞いてる?」

 そう言われて、バッと顔を上げた。

「あ、はい」

「まだ先だけどね、1か月先、いや、1か月半か」

 先だけど、見えない先じゃない。

「まあ、その時次第……」

「行きたいです、ドライブ」

 本間が言い終わるよりも先に目を見て言った。

「まあ、行けたら行こう」

 本間は笑うでもない、いつも通りの表情だ。

「日にち、いつか教えて下さい。休みとっておきます」

「来月の8日金曜日、中央駅に2時の予定。けどあくまでも予定だから。何か用事が入る可能性もあるし」

「はい……分かっています」

 ただ、目の前の白衣の胸ポケットに刺さったボールペンを見つめた。

「はい」

 本間は不意に大きな掌を広げた。

「え……」

 何の合図か分からずに、その顔を見る。

「ジュース」

「あぁ!」

 ようやく仕事のことを思い出し、手渡す。

「んじゃあまた、明日」

 本間はここでにこやかな笑顔を見せるとすんなり売店から出た。

 その、白衣を翻す後姿は、人々から敬われる先生という存在そのもので、自らの手の中に入ることはない。

 分かっている。

 心得ている。

 憧れているだけ。

 みんなから尊敬されている、本間に明日も、会いたいだけ……。
 

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