優しい手①~戦国:石田三成~【短編集】

供物の巫女

撫子の後ろにぴったりくっついてお堂の中へと入った桃は、毘沙門天像と対峙するといつも感じる不思議なあたたかさと心地よさに包まれて深呼吸をした。


「毘沙門天さん…あなたが私をこの時代に…」


「毘沙門天様…あなたの供物となり、そして贄としてのお役目、精一杯努めさせた頂きます」


袖を払って難しい印を結んだ撫子は気高く美しい。

弱さなど微塵も持ってはいないように見えたが…小さな声で祈りの言葉を捧げている撫子の横顔をそっと盗み見た桃は――


その美しい頬に伝う一筋の涙に心を打たれて痛めて、胸を押さえた。


「贄って…生贄のことだよね…?撫子さん…どうしてあなたが…」


「きゃっ!?あ、あなたは!?一体どこから入って…」


「え?」


半透明の自分の姿は見えていないはずなのに、撫子はしっかり姿を捉えて両手で口元を覆って後ずさりしている。

きょとんとした桃は、この現象が何なのかを説明できないので曖昧に頭を下げて自己紹介をした。


「ええと…桃と言います。ちょっと訳あって少し透明だしいきなり現れてびっくりしただろうけど…」


「あなたは…毘沙門天様が遣わして下さった天女様…?」


――かつて謙信にも同じようなことを言われた。

つい思い出し笑いをした桃は、膝を突いたままじりじりと撫子との距離を縮めてちょこんと正座をし直した。


「話せば長くなるんです。どうせ私たちふたりだけだし、ゆっくり話を聞いてもらえませんか?」


「……ええ、わかりました。あなたからは邪悪な気配を感じません。それに…どこか懐かしいような…」


だってあなたは私の前世の姿だもの。


…そうは口に出して言えなかったが、桃は力強く頷いて指で頬をかいた。

どうかいつまんでも何時間かは確実にかかる。


「ねえ撫子さんはここから出られないんでしょ?食べるものとかお風呂とかはどうするの?」


「食べ物は毎朝お堂の扉の前に置いて頂けるそうです。お風呂は…お堂の裏手にある滝で禊を」


「そっか。じゃあとりあえずお湯を沸かしてお茶でも飲みながら話そっか」


楽観的でにこにこしている桃につい笑みを誘われた撫子は、気を緩めて誰かに似ている気がする桃と一緒に井戸まで水を汲みに行った。

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