溢れる蜜に溶けて
夏の夜
唾を飲み込む音が気管の真ん中で弾けた。
上下運動を繰り返す小刻みに震える肩が、バイト終わりに下ろした黒髪に触れて気持ち悪い。
一人分空いた距離に汗が飛び散るほどの恐怖を感じる。
「透(トオル)お前、何やってんの?」
9時を過ぎた夜道でもわかるほど、その声はただ冷たくて。
目の前の私ではなくアスファルト向けて吐き出される剥き出しの感情が、ひしひしと白のカーディガンに隠れた肌へとぶつかる。
「バイト、の帰りです」
途切れ途切れの声を唇から落とす。
今にも涙が出そうな涙腺を我慢し、か弱げな声で訴えた。
焼ける喉の奥から熱が声に変わって前へ押し出る。
「あっそ」
「…(どうしましょう。また意地悪なこと言われちゃったら)」
下唇を噛んで次に出てくる言葉の予想をあれこれ考えてたら、頭に石をのっけたみたいに重たい。
黙る私に呆れたのか一拍置いて、はあ、と息だけ残し遙(ハルカ)くんは後ろに反転しアスファルトを蹴った。