黄金(きん)の林檎

* 2 章 *(ryou)

 守るべき家族は血の繋がりなど何も関係ない。
 血の繋がりがなくとも時間を一緒に積み重ねて出来た絆があればいい。
 けれど、逆に言えば。
 血の繋がりがあっても絆がなければ家族としての枠から簡単にはみ出してしまうと言うことだ。

 物心ついた時から、自分には姉がいると聞かされてきた。
 けれど一度も会ったことはなく、会ったこともない人間を家族だと言われても実感はない。
 姉がいるらしい……そういう事実の認識しかなかった。

 母は会った事もない姉の為に仕事を続け、その稼いだ金を姉に送っていた。
 そのせいで俺はずっと母と一緒にいることが出来なかったのだ。

「おねーちゃんは稜のようにお父さんと一緒に暮らせなくてかわいそうなのよ」

 仕事に行く母に俺が不満げな態度を見せる度、母は困ったようにそう言った。
 大人の事情なんてまだ理解できる年齢じゃなかったし、会った事もない姉のせいで母は働き続けなくてはならないと憤りを感じることもあった。

 そして小学生の頃。
 姉が家にやって来た。

 母から母親が交通事故で死んでしまって姉には家族がいなくなってしまったのでうちで暮らすことになったと聞いた。
 事故に巻き込まれたわけじゃないが姉も入院していて、ちょっと見た目がびっくりするかもしれないけれど、姉に会ってもびっくりしないように注意された。
 何をびっくりするかなんてまだ小学生の俺には理解できなかったが、とにかく驚かないという約束をしたのだ。

 退院の決まった日、両親が姉を迎えに行き俺は家で留守番して待った。

 自分の友達に姉のいるヤツは姉弟で似ている子達ばかりだったから、きっと自分も姉と似ているのだろうと思っていたのを覚えている。
 けれど家に来た姉は全然自分に似ていなくて、体はほとんど骨と皮。
 窪んだ目には生命の輝きはなく、無表情で俺が目の前にいるのに何も見ていないような空ろな瞳をしていた。

 姉がちゃんとご飯を食べてなくて大きくなるのが遅くなってしまったと聞いていたが、それがどういうことなのか姉を見てすぐに理解できた。

 俺の知っている中学生は体も大きくて自分とは全然違っている。
 それなのに姉は背も低く幼く見えたのだ。
 子供の俺にでも姉がけして幸せに生きてこなかったのだとわかった。

 一緒に住むとさらに色々なことがわかった。

 姉は皿1つ落ちた音にすら過敏に反応して可哀相なほど怯えた。
 居間で家族といてもソファーには座らず、端でひざを抱えて小さく座る。
 家の食事は自分の欲しいものを大皿から取って食べていたが、姉は自分だけの食べ物、つまりご飯やお味噌汁にしか手をつけようとはしなかった。
 母がどんなに言っても悲しそうにしているだけでおかずに箸を伸ばそうともしない。
 姉用に小皿に盛ったおかずだけにしか手をつけないので、それからは姉用のプレートにおかずを盛って目の前に置いてあげるようになった。

 普段も殆どしゃべらず動かない。
 名前を読んでも目を向けるだけで返事もしなかった。

 肉体的な虐待はなかったらしいが、精神的な虐待を続けられていたのだろう。
 痛ましい姉の姿に、心配になってそっと寄り添うように姉のそばにいるようになった。

 姉が膝を抱えて小さくなっているならその横へ。
 音にびっくりして飛び上がった時は、声をかけた。
 触れられることを嫌がっているようだったので、俺にはそれくらいしか出来なかったのだ。
 
< 8 / 18 >

この作品をシェア

pagetop