それでも、課長が好きなんです!

第5話 新天地

 新しい部署へ配属されて早一ヶ月。
 前部署の時とは違って自分のキャパに合った仕事量、残業なんて無縁、そして……優しい上司。
 だったら、いいなって。

「ちょっと瀬尾さん!?チェック漏れしてるわよ!何のためのチェックなの!!」

 ……期待をしたわたしがバカだった。
 怒りのオーラを全身にまとった新たな上司が書類を握りしめわたしのデスクの目の前に立った。

「ごめんなさい、次は気をつけます……!」
「あなたの謝罪は聞き飽きたわ。ほんとにあなたは……」

 怒りが収まらないのかガミガミと気の遠くなりそうな説教を俯き大人しく受ける。
 村雨(むらさめ)さんはわたしの新しい上司だ。
 カラーリングなど一切していない健康的な黒い髪に、仕事中はフレームの大きな黒ブチ眼鏡をかけている。
 新しい上司は女性だと聞いて喜んだのは一瞬だった。
 元上司よりも……女性だからか何かとしつこくてタチが悪い。
 新しい部署内で一番年下のわたしを庇ってくれる先輩たちも今日は全員外回りで社内にいない。
 村雨さんと一日二人きり、地獄の一日だった。

 数分間の説教を受け「次は気をつけなさい」と最後に鼻息荒くそう告げると村雨さんは自席に戻って行った。
 自席といっても、わたしのたった二メートル先だけど……。
 彼女と二人きり、それも彼女がこんなにも近く視界に入る位置にいると思うと仕事がはかどらない。
 ミス……しそう。

「このくらいの仕事量でヒィヒィ言って。来月からもっと忙しくなるわよ」
「……えぇっ」

 村雨さんは両手に書類を持ってそれらを眺めながら言った。
 スケジュール表だろうか。

「新商品の発売を続々と控えてるから。今のうちに早く仕事に慣れることね」
「はい……」
「って、あなたもうここへ来て一ヶ月も経ってるのよね」
「は、はい……」

 わたしが新たに配属された部署は宣伝企画部だ。
 商品のPR方法や販売戦略を上の人が決めて、それを広告やテレビ、ラジオなどの媒体を使って世に広めていくのがわたしたちの部署だ。
 今回配属された部署も多数の社員が所属していて、チームごとに分かれて様々な仕事をこなす。
 主に広告宣伝を扱うわたしたちのチームのデスクの上は多量の広告の見本や試作段階の書類が積まれている。
 一度、その書類の山を派手に崩して村雨さんに怒鳴られたっけ……。

「瀬尾さんさ、……柏木 佑輔(かしわぎ ゆうすけ)って知ってる?」
「……はいっ!?」

 意外過ぎる。
 村雨さんの口から急に若い俳優の名前が出たから驚いた。
 眉を吊り上げ「知っているのかどうかと聞いているの」と睨まれ慌てて頷いた。

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