氷の卵

花の名を教えて

次の朝も、その次の朝も、啓は店先に現れた。

一緒に紅茶やコーヒーを飲む朝もあれば、啓の知らない花の名前を教えたりする。
啓とともに過ごす時間は、まだあまり人が起きださない早朝。
なんだか二人の秘密の時間のようだった。


啓とならずっとこんなふうに、穏やかに一緒にいられると、錯覚してしまうほど。

恋とか愛とか、そういうものを越えて、穏やかに寄り添っていられると。


「これは、ガーベラだったね。」

「うん!じゃあ、これは?」

「これはー……えと……出てこない。何だっけ?」

「もう、啓は!これは私が一番好きな花だよ。」

「あ、思い出した。クレマチス、だろ!」

「そう!クレマチスって綺麗だと思わない?一重だけじゃなくて、たくさん花弁が重なっているものもあるの。紫も綺麗だけど、ピンクもいいと思う。」

「確かに。美しいね、クレマチス。」


覚えたての花の名前を口にする啓。
私はそんな啓に、もっとたくさん教えたいと思ってしまう。

どうしてこんなふうに、毎日ここに来てくれるのか分からないけれど。

でも、もっともっと、啓の記憶の中に住み着きたいと、願ってしまう私がいることも確かなのだ。


「啓、こっちに来てよ。」

「ああ!」


優しい啓はこうして、私についてきてくれるのだけど。

でも一方で、私は不安だった。

いつまでもこうして関わり合っていたら、いつの日か苦しくてたまらなくなると、心のどこかで分かっていたから。
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