溺愛御曹司に囚われて

4.崩壊とひとりぼっちの夜






翌日、私は桜庭学院音楽大学の学生ラウンジに来ていた。

ここでは、大学構内どこにいても風に乗って音楽が聞こえてくる。
ラウンジにも様々な楽器ケースを持った生徒が多くいて、全面ガラス張りの開放的なラウンジには天気がいい日にはさぞ太陽の光がたっぷりと注がれるんだろうと思う。

だけど今日は生憎の曇り模様。

対照的に、目の前の種本月子はコンクールを二日後に控えてどこか晴れやかな表情をしていた。


「今日は、コンクール前の貴重なお時間を割いていただいて本当にありがとうございます。本日のインタビューを担当させていただく、森下小夜といいます」

「種本月子です。よろしくお願いします」


種本月子はまっすぐな鼻筋が印象的なすっきりとした顔立ちだ。
強い眼差しが彼女の意思の強さを表しているようで、これまで数々の大舞台の上に立ってきたというしっかりとした自信が感じられる。

いくつか基本的な質問をした後、あのコンクールのことを聞いてみる。

このことはどうやって触れていこうか迷っていたんだけど、彼女が予想以上に明るい様子だったから、思い切って直球で攻めることにした。


「前回のコンクールからまだたったの半年ですが、そのことについて不安はありますか?」


私がそう切り出すと、彼女は静かに私と目を合わせた。
初めて彼女にまっすぐ見つめられたような気がする。

強い視線に射抜かれて気持ちがしぼんでいきそうだったけど、背筋を伸ばして胸を張った。


「……本当は、まだ少し不安です」


彼女は少し表情を硬くして口を開く。


「私は、私でしかないんです。ステージに立つとき、ピアニスト・種本隆盛の娘として立ったことは一度もありません」


自分に言い聞かせるように語る彼女の様子は、それまでの形式的な受け応えとは違う。
彼女が、彼女自身の言葉で話をしてくれているような気がした。
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