溺愛御曹司に囚われて

5.忘れた香りと恋の終わり






コンクール当日。
一昨日の夜から降りはじめた雨は止むことなく、今日も重たい雲が垂れ込める。

高瀬が出張から帰ったあの日から、1週間が経っていた。

あの日出席したパーティーで、高瀬は種本月子と会ったはずだ。
それが偶然か、そうでないかはわからないけど。

そして種本月子は、高瀬のスーツのポケットにあの真っ赤な口紅を入れた。
それを私が見つけて、秋音さんに会い、先生と再会し、そして種本月子とも出会った。

気が遠くなるような一週間で、なにかが変わるには短すぎる時間だった。


「それじゃあ、行ってくるね」

「うん、またなにかあったら連絡して。なんなら、今日もここへ帰って来たっていいから」


そう言って送り出してくれた実衣子に、私は何度目かわからないお礼を言った。

今回開催されるのは、それほど大きくはないコンクールだ。
もっと大きなコンクールは専門誌が大々的に取り上げるし、私みたいな素人が記事を書いたりしない。

だけど本来ならこれより上の大会に出場するはずの種本月子が、あの失敗からわずか半年後、突然エントリーすることが決まって注目を集めたのだ。

予選は六つの課題曲の中から任意の二曲を選び、独奏。
予選を勝ち上がった者が本選にすすみ、数時間の練習時間の後にオーケストラとのコンチェルトを演奏する。

これを一日でやるわけだから、小さなコンクールとは言ってもそれなりの実力者でないと乗り越えられないと思う。


「よし、仕事だ! 仕事!」


気を抜けば、余計なことを考えてしまう。

あの夜、ふたりはどんなふうに過ごしてたのかなとか。
昨日の夜中まで高瀬からの連絡は鬼のように続いたけど、高瀬はいったいどこの部屋から電話をかけてたのかなとか。
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