ロスト・クロニクル~前編~

第三話 クローディア


 東の空が白む時刻、エイルは中庭の一角に置かれている椅子に腰掛けていた。この場所は自身が育った場所なので、メルダースと違って気兼ねしなくていい。そのような理由が関係し、自室から抜け出し寛いでいた。そして北国の春は寒いが、風邪をひくような気候ではない。

 使用人達は、まだ仕事を開始していなかった。だが時刻を考えると、動き出してもいい時間帯だ。無論、ここにいることは誰にも言っていない。部屋にエイルがいないということで、起こしに来た人物は驚くだろう。しかし寝ている使用人を起こして「中庭で寛いでいる」とは、言えなかった。

 彼等や彼女達は毎日のように肉体労働に等しい仕事を行っているので、自分の都合で彼等を起こしては可哀想だと判断した。それに、遠くへ行くつもりはない。親衛隊の試験を受けに、帰って来たのだから。それに途中で帰ってしまったら、多くの人に迷惑を掛けてしまう。

 それだけは、してはいけない。

 エイルは徐に天を仰ぐと、今までの生き方について考えていった。

 いつ、メルダースに憧れたのか――記憶を探り思い出したのは、十歳の頃。それまでは漠然とした憧れはあったが、すぐに確信に変わった。そのことにリデルが関係していたということは、エイルの周囲にいる者達は知っている。それ以前に、高い魔法の才能を持っていた。

 両親は、その才能を伸ばしたいと考えていた。いや、それだけではない。言葉として表すことはしていなかったが、エイルは本心を知っていた。一族の行く末を心配していることを――

 エイルが選択しようとしまいも、メルダースに入学するということは決定していた。そのように考えると、両親が望んだ道を進んでいることになる。だが、反論はない。エイルは、メルダースの生活を楽しんでいた。それに、ラルフという困った悪友ができてしまった。

 性格面は想像以上に酷いものだが、憎いという感情は湧いてこない。根っからの悪人というわけではなく、天然の人物。マルガリータという最強最低の植物が常にセットとなっているが、あれは我慢できないこともない。何か問題が発生すれば、燃やせばいいのだから。

 いいも悪いも存在は大きいが、ラルフのお陰で学園生活が楽しいということは間違いない。

 その時、エイルの身体に人影が覆い被さった。使用人の誰かが近付いてきたのだろうと思ったエイルは特に振り向くことはしなかったが、その予想は外れてしまう。訪れたのは、兄イルーズ。当初は驚いたような表情を浮かべていたエイルであったが、口許が緩んでいく。
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