砂の国のオアシス
第三章

翌朝目が覚めると、ベッドにいたのは私一人だけだった。

いつもと同じ。
でも・・・。

私はそっと布団をめくる。

やっぱり。
私はカイルのシャツだけ着ている。
そして、パンツはかないで寝ちゃった。

・・・・・きゃああああっ!はずかしいいいぃ!!

誰もいないのをいいことに、布団を握りしめながら、だだっ広いベッドでゴロゴロ転がって悶えていたら、「ナギサ様!」という声が聞こえてきた。

「い!?ヒルダさんっ!?いつの間に・・・」
「おはようございます、ナギサ様っ。今日はまた一段と良いお天気でございますよっ。さて、リ・コスイレから、本日はこちらの衣装を御召しになるように、とのことでございます」
「あぁはいはい」

いつも元気いっぱいなヒルダさんの勢いに、朝一から押されつつ、ベッドから出ようと上体を起こして布団をめくったとき、白いシーツに血が一滴ついているのが見えてしまった。

あ。これは昨夜の・・・。

どうしよう、と思う間もなく、「本日からシーツの交換は、ワタクシがさせていただきます」とヒルダさんが言ってきた。

「え。でも・・」
「御心配なさらずに。痛みはございますか?歩くことは」
「だ、だいじょぶ・・です」

ヒルダさん、昨夜カイルと私が・・・したことを知ってるんだ。
まぁヒルダさんだっていい大人だし?

ていうか、今度は別の意味で恥ずかしいんですけど・・・。

とりあえず服を着ようと、ヒルダさんが持ってきてくれた衣装を手に取った。
これもカイルが選んだものなのかな・・・あ、そうだ。

「あのー、ヒルダさーん」
「なんでございましょう、ナギサ様」
「この衣装って、後宮の人たちと同じくらい身分の高い人が着るものなんですか?」
「今までのはそうでしたが、本日からの御召物は少し違いますよ」
「どのように」
「それは、リ・コスイレからまだ教えないようにと言われておりますので、はい」
「あ、そう・・・じゃあ、“グラ・ドゥ”って意味は・・・これ、イシュタール語でしょ?」と私が聞くと、ヒルダさんはとても驚いた顔をした。

「それはカイル様から言われたのですよねっ!?」
「は、はぁ・・」
「それで・・・それに、あぁなるほど」とつぶやくヒルダさんは、一人で納得しているようだ。

「でも私、ほとんど眠ってたから、あまり聞き取れなくて。もっと単語があったかもしれないですけどってヒルダさんっ!どうしたの!?」
「ワタクシ、とても嬉しゅうございますっ。何と言いましてもワタクシは、カイル様が御誕生されてからずっとお仕えさせていただいておりますので、はい。もちろんテオ様も同様ですけどっ」と言いながら、目頭にハンカチを当てているヒルダさんは、元々テンション高いのを抜きにしても、演技で喜びの涙を流しているようには見えない。

でもヒルダさんは、「失礼いたしました」と言って、すぐにそれを止めた。
そしてニッコリ微笑むと「“グラ・ドゥ”の意味は、ナギサ様にはまだ教えるなと、カイル様から口止めされておりますので、はい」と言った。

な・・・なんじゃそりゃ。

「さあさ、ナギサ様っ、衣装を御召しになってくださいませ。ワタクシは朝食の準備をさせて頂きますね」
「あ。いつもありがとう」

私が朝食をとってる間に、ヒルダさんはベッドシーツを交換してくれた。
赤い一滴を見たかどうかは分からないけど、いたって平静を保ってくれたことはありがたい。

「今日から少し違う」衣装は、形自体は今までと同じだ。
素材だって・・・滑らかな手触りは、おそらくシルクってのも同じ。
今まで同様、華美な装飾もなく、派手でもないし。
一体どこが「少し違う」のか、私にはさっぱり分からない。





それから私はヒルダさんに連れられて、王宮の別棟へ初めて行った。

たくさんのコンピューター。
キビキビと働く人たち。
壁一面を支配する、巨大なスクリーン。
まるでここは映画のセットみたいだ。

「わぁ。ここは何するところですか?」
「管理センターと呼ばれております、はい」

なるほど。
王宮らしい灰色の石造りにある王宮内とはうって変わって、管理センターはかなりモダンなオフィスの内装だ。
って私、どこかの会社に勤めたことはないんだけど。

でも、イシュタールって前いた世界と時間の流れは同じだし、西暦も同じだから、モダンなテクノロジーがあってもおかしくないか。

「うわぁ」と感心しながら、キョロキョロあたりを見渡しつつ歩いていると、「ナギサ様、こちらへ」とヒルダさんに言われた私は、「あぁはいっ」と慌てて返事をして、すぐヒルダさんがいる方へ駆けていった。

それから私は、ヒルダさんや、管理センターのオジサンに言われるまま、顔写真を撮られ、指の指紋を取られ、目のスキャンもされた。

顔写真は、証明写真だと思う。
「はい笑って~」ではなく、「歯は見せなくても結構ですが、耳は見せてください」と言われたし。
だから目のスキャンは、視力検査じゃないと思う。
でも指紋は・・・もしかしてここ、管理センターという名の警察署とか!?
昨日カイルに黙って夜外出しちゃったから・・・。

悶々と悩む私に、「どうかなさいましたか?ナギサ様」とヒルダさんが問いかけてきた。

「あのぅ。私・・・前科者になってしまうんでしょうか」
「はい?なぜでございますか?」
「だって私、昨日・・・国王(リ)の言いつけに背いちゃったから・・・」
「いやぁだ、ナギサ様っ!ここは警察署ではございませんよっ!それにナギサ様は、罪を犯してはおりませんし」
「そ、そうなの?」
「はい。ですから御心配なさらずに。もう少しここでお待ちくださいね。お渡しするものを見れば、お分かりになりますよ」

私を安心させるように、ヒルダさんが優しく手を握ってくれた。
ヒルダさんは、私のお母さんみたいな人だ。

「ありがとう(ゴライブ)」と言って微笑むと、ヒルダさんはニコニコと微笑み返してくれた。



それからすぐに管理センターのオジサンから手渡された物は、3つあった。
パスポートとIDカード、そしてクレジットカードだ。

「これでナギサ様は、イシュタール王国に住むことが、正式に認められたことになります」
「あ・・・」

驚きで言う言葉が見つからない私に、ヒルダさんはウンウンと頷きながら、「おめでとうございます、ナギサ様」と言ってくれた。

「パスポートは国外へ出られるときに、そしてIDカードは、町へ出かけられる際に必ずお持ちくださいませ」
「はい。でもヒルダさん」
「なんでございましょう、ナギサ様」
「私、お金持ってないんですけど」

お財布の中にわずかだけど入っている日本円は、イシュタール(ここ)では使えないってカイルが言ってた。
恐らく他の国でも、とにかくこの世界に日本円は存在しないはずだから、今の私は正真正銘一文無し状態のはず。

それなのに、クレジットカードなんて作ることができるわけ?
しかも私、無職なのに、お金借りることできるわけ?

そんな私の素朴な疑問に、管理センターのオジサンが答えてくれた。

「このクレジットカードは、カイル様の口座から御支払いされるようになっております」
「えええっ!?それ公金じゃないの!?そんなことしてもいいんですかっ!」
「こちらはカイル・マローク様個人としてのお金でございますので、ナギサ様はご心配なさらないようにと、カイル様から言付かっております」
「あ・・・・・・そ、う」

ひとりでうろたえてた私は、いたって平静に答えてくれた管理センターのオジサンの言葉に、ひとまずホッとした。
形も大きさも素材も、あっちの世界と同じ、クレジットカードを見る。
真っ黒に艶光るそこには、ただ「Nagisa KATAOKA 」と金色のエンボスが打たれているだけだ。

「こちらのクレジットカードは、通常のクレジットカード同様、町にある全ての機械で現金を引き下ろすことができます」

ん?「通常のクレジットカード同様」って、どういう意味?
とは思ったけど、とりあえずオジサンに「はい」と返事をした。

それからオジサンにクレジットカードの使い方の説明を受けた私は、あまりの面倒くささに、頭がクラクラしてしまった。
でも「こちらはカイル様個人の口座とつながっておりますので、セキュリティを厳重に施す必要がございます」とオジサンに言われて・・・納得。

どっちにしても、このクレジットカードを使う機会はそうそうないだろう。
と思っていた私の予想は、大きく外れることになる。



< 20 / 57 >

この作品をシェア

pagetop