砂の国のオアシス

エイチさんが来て1週間後。
私の大学生活が始まった!

初日、カイルは王宮の門前まで私とエイチさんを見送ってくれた。
もちろんヒルダさんも。
そしてジェイドさんとテオも。
でも、テオもこの後、大学へ行くって聞いたんだけど・・・ま、学部が違うし、テオは研究アンド教える側だし、たぶんキャンパスも違うから、大学内で会うことは滅多にないと思う。

「色々と派手な見送りだったな」
「そうだよねぇ。はははっ」

ていうか、カイルは私とほぼ同じ身長のエイチさん(のほうが少しだけ高い)を、お得意の斜め上から見おろして・・・。

『これのことは頼んだぞ』
『おまえこそヘマするなよ』

とエイチさんは言うと、俺様国王に向かって「フン」って鼻で笑ったし!
もうそんなことをカイルにできるのは、元上官のエイチさんしかいないよね、うん。

そしてビックリしたのが、エイチさん自身。
大学が始まるまでの1週間と、いわゆる「女子大生」に扮したエイチさんのギャップが・・・。

すごすぎる!!

「あのぅ、エイチさん」
「なんだ」
「つかぬことを聞くけど、エイチさんって何歳なんですか?ってあの、答えたくなければノーコメントでも・・・」
「私は32歳だ」と運転中のエイチさんは、前を見たままアッサリ答えてくれた。

「えーっ!?マジで!?ホント!?今のエイチさんって、20代前半・・ううん、私と同い年くらいにしか見えない!女子大生でも全然いけるよ!」
「そのような恰好をしているのだからな。当たり前だ」

最初の1週間と大きく違うのは、服装とメイク。
そして目の色も変えている。

一言で言うと・・・地味。
これなら周囲の雰囲気に溶け込むというか、エイチさんが言うところの「一部になりきってる」。

ごく普通のストレートヘア。
そしてごく普通の服を着て、たしなみ程度にメイクを施している。
最初の1週間は、すれ違って思わずふり返ってまた見てしまうような、神々しい雰囲気があった。
今もそれはあるんだけど、後で誰かに聞いても「ごく普通の人」で、「特に印象には残ってない」と言われそうな感じ?
何人かの顔写真を見せて、エイチさんは誰だと言っても判断に迷う、みたいな感じとでも言おうか。

「人というのは案外曖昧だ。周囲に流され、惑わされることが多い。誰かが“これはAだ”と言ったとする。“違う”という確証を持たなければ、その意見を取り入れる。私はただ、大多数の人が思う“女子大生”のイメージを、そのまま取り入れただけだ」
「なるほどー」

さすが世界有数の情報屋。
てことは・・・世間が思う「女子大生」のイメージも、綿密にリサーチしたのかな。
最初の1週間は、セクシーオーラ満載の「女子大生」、というより「先生」と言った方がしっくりきたけど、今のエイチさんは、自他ともに認める「女子大生」になっている。

それにしても、顔立ちや髪型は全然変わってないのに、ここまで見た目と雰囲気を変えることができるなんて。
やっぱりエイチさんって、カイルも認める変装の達人だ。




私と同年代に見える(それとも見せてる?)エイチさんと私は、常に行動を共にした。
席は隣同士、食堂で食べるのも一緒、休憩時間ももちろん一緒。
エイチさん以外の人たちとも一緒にいることも、もちろんある。
彼らはエイチさんが32歳だなんて疑うこともなく、エイチさんが彼らの身元をしっかり調査済みだとも知らず、ごく普通の女子大生だと思って、友だちみたく接している。

まあでも、大学へ入るのに年齢制限はないから、私のお母さんよりも年上のヒルダさんが、「女子大生」として潜入してもいいことはいいんだけど、別の意味でそこだけ無駄に目立つのは間違いない。
というのも、英文科はヒルダさんくらいの年代の人が、学生として通っていないから。
かといって、ヒルダさんがエイチさんみたく変装できるか。

無理です。

身元調査のことは、彼らには騙してるみたいで申し訳ないと思うけど・・・私を利用して国王(リ)であるカイルに近づこうとしているかどうか、そこを見極める必要があることは、私も分かっている。
今のところ、彼らは私がカイルの女であることを知らないし、大学内で知らない人から声をかけられたこともない。
先生方が知ってるのかどうかまでは私も知らないけど、何も言ってこないから、私も聞かずにいる。
そのあたりは、エイチさんのほうが詳しく知ってるんじゃないかな・・たぶん。


午前中で講義が終わったある日、エイチさんの提案で、町へ寄って王宮へ帰ることになった。
エイチさんは私の護衛として、いつもそばにいてくれる。
だからと言って、王宮と大学を行き来するだけ、みたいな単調な暮らしを強要しないのは、非常にありがたいことだと思ってる。
まさに、エイチさんがいつも言ってるように、私たちは「護衛をする・される間柄じゃなくて、友だち」なのだ。

「あ。今日は中央市場の日か」
「昼は高級レストランで食べよう。金は紫龍からたんまり預かっているし」
「ぶっ!さんせーい!って言いたいけど、せっかく市場が開いてる日だよ?市場でできたてサンドイッチ食べたい」
「おまえならそう言うと思った。それに私も同じ気分だ。行こう」
「はぁい」

私たちは、両隣にズラーッと並ぶ市場を眺めつつ、時にはひやかしながらゆっくり歩いた。
途中見つけた果物屋さんで、ネクタリンをゲットする。

「今すぐ食べたいから、皮をむいてください」
「あいよ!ちょっと待ってな」と果物屋のオジサンは元気よく言うと、その場で器用に皮をむいてくれただけじゃなく、一口サイズに切った身を、使い捨ての器に入れていく。

こういうサービスがあるとは知らなかった。
これなら食べたくない皮を食べる必要もないし、真ん中についてる種を捨てるまで持ち歩かなきゃ、なんてハラハラすることもない。

さらにオジサンは、「これも美味いよ。皮ごと食べれるから持って行きな」と言って、紫色の小さな果物を一つずつおまけしてくれた。

「わぁ、ゴライブ(ありがとう)!」
「いいってことよ。お嬢ちゃんたち、たくさん食べて大きくなりな」
「あ・・・はぃ」

私たち、いくつに見られたんだろうかと疑問に思いつつ、果物屋さんを後にした。

「ここはいつ来ても平和だな。人は愛想が良いし、食べ物を気前良く分けてくれる。そしてネクタリンは新鮮で安くて美味しい」
「うん、そうだね。おまけしてくれるのって今に始まったことじゃないし・・・あ、ホント。このネクタリンおいしい!」

そう。
別にあの果物屋のオジサンじゃなくても、大抵の市場の人は、何かしらおまけをくれる。
「これはイシュタールの習慣なの?」とカイルに聞いてみたら・・・笑われた。

そして『習慣ではない。人柄と人徳の問題だ』とカイルは答えたっけ。

「そういえば、エイチさんってどこ出身?イシュタール人じゃないよね」

エイチさんの顔立ちは、イシュタール人である、カイルや護衛のトールセンとウィンとは微妙に違う。
ジェイドさん同様、すごく美人な部類なんだけど、エイチさんのほうがもう少しオリエンタル度が低いというか、私が大好きなギリシャ神話よりも北欧神話の女神の方が、外見的には当てはまる、みたいな。

とにかく、今のエイチさんがイシュタールの民族衣装を着たら、私同様浮いちゃうと思う。
でも変装の達人だったら、その辺はどうとでもなるだろうけど。

「私はバーシュという国で生まれ育った。ここ、イシュタールより北にある、寒くて貧しい国だった」
「だった・・?」
「とても小さな国だったが、今では地図にも載っていない。20年前の北部戦争で国はなくなった」
「あ・・・・・・そぅ」

この世界にも戦争はあるんだ・・・。

私は遠い目をして淡々と言ったエイチさんに「ごめんなさい」と謝った。

「謝る必要はない。あの戦争で孤児となった者は、私以外にもたくさんいる」
「え?」
「あの戦争で私は家族を失った。あてもなくさ迷い歩いていた私は敵に捕まり、船に乗せられた。そこで男共の性欲を満たす奴隷にさせられた」
「な・・・」

20年前って言ったら、エイチさんはまだ12歳だよ!?
それを、家族も国も失った上にそんな・・・。

自分の身の上にそんな現実は起こるわけないという世界で生きてきた私にとって、エイチさんの境遇は、あまりにも過酷に響いた。



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