孤高の貴公子・最高責任者の裏切り

4/2 信用に値する鍵

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「おっ、おはようございます、須藤マネージャー」

 昨日の失態を隠すように、山瀬は背を伸ばして頭を下げた。

「おはよう。朝はスムーズにいったようだね」

「はい」

 なんとか、と心の中で付け加える。

 8時に出社してからは、メールなどを印刷している間に30分が過ぎ、自分の仕事をしようと思っていたら棟方サブマネージャーが出社してきて何だかんだと指示を受け、それをこなしている間に10時になってしまっていた。

 今も早く修理センターで昨日の続きをしたいのに、棟方から指示を受けたサンプル手配の申請書を指示通りにFAXで流している。

「11時からは定例会議があるから」

「あ、はい……」

 と、返事をしたものの、何の事だかさっぱり分からない。

 それを見透かした須藤は、

「……月のスケジュールは必ず確認しておくこと。準備物のリストも」

「……はい」

 どうしよう、何のことだかさっぱり分からない。定例会議というのは、代理レベルでも参加するものなのだろうか。それとも、センター長が不在のため、代理が参加するのだろうか。

 準備物のリストは誰に確認すればいいのか……。

「山瀬?」

「あ、はい」

 不安から我に返った山瀬は顔を上げた。

「昨日は何時に帰った?」

 その、須藤の端正な真顔からは何にも読み取れはしない。

「1時くらいです。鍵のおかげで作業がはかどりました。ありがとうございました」

 山瀬はそこでようやく鍵のことを思い出して、須藤に手渡した。

「寝不足にならない程度に仕事を切り上げること。体調管理は大切だよ」

「ずっ、す、すみません……」

 いや私ももう少し早く帰りたかったし、遅く出て来たかったんですけど。

「あ、須藤マネージャー、おはようございます」

 後ろから棟方が近付き、話はそこでお開きになる。

 山瀬は一旦部屋から出て、須藤も出たのを見計らってから、もう一度部屋に入った。

「あの、すみません。定例会議の事なんですけど」

 棟方は一度もこちらを見ず、デスクから煙草を取り出し、100円ライターで火をつける。

「あのっ、定例会議ってどういう会議なんですか? 準備物も用意しておくように言われたんですけど……」

「サブマネージャーとマネージャーの5人の会議。なーんでお前が参加すんのか知んねーけど」

 昨日とは打って変わり、機嫌が悪そうだ。ふと見ると、今朝山瀬が印刷したメールを見ている。ひょっとしたらそれが間違っていたのだろうか。

「あの……それ、私が印刷したんですけど……」

「お前これ、送信時間が8時になってっけど」

 見ていたのは、その下にあった先ほどリプライされたファックスの方のようで、ギロリとこちらを睨まれる。

「あっ、はい。ふ、ファックスを……送りました……8時過ぎてたと思います。すみません、鍵を開けた時は50分くらいだったんですけど」

「昨日上がったのは何時」

「1時です。でも、それであの、鍵が……」

「んなこたぁ、やらなくていーんだよ。代理は代理らしく、代理でいろ。10日もしたらセンター長が帰ってくるんだ。

 俺は昨日センター長が帰って来るまで踏ん張れとは言ったが、別にそれを超えた仕事なんかしなくていーんだよ」

「…………」

 超えたって……何……。

「分かったか!? マネージャーも今日はお前が12時出社だから、11時開始の会議でお茶持ってこいって言ってるだけだ。お茶出したらさっさと帰って今日は定時で帰れ。いいな。残業代が出ねーからっていつまでいてもいいってもんじゃねーんだよ。昨日和久井から電話がかかってきたよ。まだ帰ってこねーって。そういうのも迷惑だ。俺は何の関係もねーのに」

「…………」

 そんな……そんな風に……。

「ったく……」

 棟方はそれで気が済んだのか、椅子から立ち上がってしまう。

 溢れる涙を抑えることができなかったのを、とても面倒くさそうに見られたことで余計に悲しみが広がった。

「準備物は俺が用意しとく。お前はただマネージャーの隣で頷いてればいーんだよ」
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