碧い人魚の海

 07 死んだ魚の魔法

07 死んだ魚の魔法


 ジジジジ、とランプの灯の芯の燃える音がして、ルビーは目を開けた。
 ルビーは籐の揺り椅子の上に座らされていた。いつの間にか眠ってしまったらしかった。

 そこは、みんなと夕食を食べていた部屋よりは小さい部屋だった。高い天井にある天窓には青っぽい色ガラスがはめられている。そこからぼんやりとした薄明かりがさしてきていて、まるで深い海の底にいるようだった。
 目の前にはテーブルがあって、取っ手のついた銀色の丸い蓋が、皿らしきものの上にかぶせられた状態で並んでいた。でも、ルビーにはそれが何なのかがわかった。さっきルビーが手をつけることができなかった皿だ。

 ルビーは身を起こし、テーブルの向こうの人影に気付いてぎくりとした。
 黒いベールで顔を覆った貴婦人がルビーと向かい合うように座っていて、じっとこちらを見ていた。

「みんなは?」
 きょろきょろとあたりを見回して、ルビーは聞いた。
「みんなは先に帰ったわ」
 貴婦人はそう口を開いた。物静かな口調だった。
「あなたが目を覚ますのを待っていたのよ。料理は冷めてしまったけど、それでもおいしいと思うわ」
 彼女はテーブルに歩み寄ると、黒い手袋をした手で、皿の蓋を取った。
「さあ、おあがりなさいな」

 ルビーはかぶりを振った。
 食卓の上を指して、貴婦人が言った。
「うちの料理人が港でこれを見つけて来たの。人魚に会いたくて、この魚はここまでやってきたんだわ。食べておあげなさい」
 ルビーは椅子の上で身を引いて、もう一度大きくかぶりを振った。

 黒いベールの向こうで、貴婦人の目はずっとルビーを見ている。ベール越しの視線に、やっぱりルビーは強い強い既視感(デジャビュ)のようなものを覚えた。

「強い魔法がこの魚にはかけられているの」
 そしてその声。歌うような、独特の韻律を持った古い音楽のような深い声。その声は、ひょっとして人魚の長老の声に似てはいないか? でも、似ているような気もするし、そうでないような気もする。
 ルビーはベールに包まれたその顔をじっと見た。

「ルビー」
 人間の女性である貴婦人の声に、もう一つの別の声が重なって聞こえてきた。さっきまで一つの声として聞いていたものを、ルビーの耳は注意深く聞きわけた。
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