口の悪い、彼は。

2

 
○。


最初は怖いだけの存在だった真野部長。

新人だろうがベテランだろうが関係なく、仕事のミスをすればそれが些細なものであっても飛んでくる罵声。

特にイライラモードの時の部長の罵声や表情は“鬼”と言ってしまってもいいくらい恐ろしいものなのだ。

会社に行くのが嫌だと何度思ったことか。

でも、ある日あることに気付いて、私の部長を見る目が120度くらい変わったんだ。

きっかけは入社してから2ヶ月ほど経ったある週末、残業した時のことだった。



定時まであと1時間半という頃、入社当初から仕事を教えてくれている先輩の岡野(おかの)さんが今日は用事があって早く帰らないといけないからと、週明けの午前中が提出期限になっている今月分の契約書のまとめ作業と伝票入力の作業を手伝ってほしいと言ってきた。

どちらも渡されたのは半分くらいだったはずなのに、渡された分の明細が細かい上に面倒なものばかりで仕事がなかなかさばけず、夜9時を過ぎても私はオフィスに残っていた。

オフィスには私の指が奏でるキーボードの音が響くだけで、もう私以外には人っ子ひとりいない。


「はぁー終わんない!何でこんな面倒なものばっかなの!?しかもひとつひとつの量がハンパない!……って、はっ!もしかして、仕組まれたんじゃ!?」


渡されなかった方のほとんどはすでに打ち込みが済んでいるものだったのかもしれないと、今更気付いてしまった。

同じ量の契約書と伝票だったのに、定時になったらすぐに清々しい表情で岡野さんは帰っていたし……。

岡野さんは確かにバリバリ仕事ができる人だけど、もしこれと同じ量の伝票があれば、あんなに早く終わるはずなんてない。

やられた……!

岡野さんに今度おごってもらわなきゃ!と私は心に決める。

はぁと大きくため息をついてキーボードから手を離し、息を大きく吸い込みながら腕をぐいんと上に上げて座ったまま背伸びをする。

人がいないオフィスは広く見えるな、とオフィスチェアをくるりと動かしてオフィス内を見渡す。

オフィスに一人で残るのは初めてで、何があるとかはないんだけど、何となくドキドキしてしまう。

お化けとか信じているわけではないのにどうしてだろう。

そう思った時、開くはずのないドアがカチャッと音をたてて開いた。

 
< 7 / 253 >

この作品をシェア

pagetop