碧い人魚の海

 09 座長からの呼び出し

09 座長からの呼び出し


 翌日と翌々日は、座長はどこかへ出かけているらしく、皆の前に姿を見せなかった。
 その間、見世物小屋は縮小運営された。
 大ホールでは昼と夕方の2回興行が催されたが、火焔吹きや火の輪くぐり、猛獣使いなどの危険を伴う演目が省略となった。1日目についてはブランコ乗りがいなかったので空中ブランコも省かれた。

 代わりに、背中の大きく曲がったこぶ男や、気味の悪いピンクのトサカが額から生えた鳥女などが観客の間を練り歩いてチップを集めて回った。
 それに合わせてルビーも駆り出される予定だったが、副座長が確認に来て、尻尾がなくなってしまったことがわかったので、その日と次の日との2日間、ルビーは放置された。

 1日目はルビーは放置されていることにも気づかず、昏々と眠りつづけた。
 眠りの中で、ルビーは尖った口と綺麗な背びれの大きな魚となって、大海原を悠々と泳ぎつづけた。北極の海を渡り、遠い深海に潜り、知らない大陸の向こうの海にまで旅を続けた。凍るような月の下をくぐり、ぎらぎらと銀色に輝く日差しに照らされながら青い波を超え、どこまでも飛ぶように進んだ。

 2日目の昼になってやっと、ルビーは目を覚ました。
 朝のうちにロクサムが届けてくれたのだろうか、食べ物のトレイが枕元のチェストの上に置いてあった。
 パンは乾いてパサパサで、スープは冷めて果物はすっかりしなびていだが、気にせずルビーはそれらを口に運んだ。それらの食べ物は、おとなしく食べ物の顔をしていて、決して語りかけてきたりしない。ただそれだけのことが、今のルビーにはありがたかった。

 身体の中に、大きな魚がいるような感覚があった。一つの器の中に二重に重なって、二重に存在しているような、違和感とも何ともつかない奇妙な感覚だった。
 けれどももう、アシュレイはルビーには話しかけない。
 なぜなら眠っている間にすっかり、アシュレイの記憶はすべてルビーの中に根を下ろし、ルビーの記憶と混ざり合って同じになってしまったから。
 涙ももう乾いていた。
 心にまだ穴が開いた感じがして、刃物で突かれたみたいにきりきり痛んだが、その痛みにもそのうち慣れて、自分の一部となってしまうのだとルビーは思った。

< 34 / 177 >

この作品をシェア

pagetop