僕と三課と冷徹な天使

伝票入力

午後になると、
伝票入力の仕事をコオさんに教わった。

パソコンの扱いに慣れている僕は、
得意げに入力を始めた。

実は、アニメを見ることが好きなのだが、
まわりに同じ趣味の友達がいないので、
インターネットでよく語り合っている。

気がつくとブラインドタッチが
できるようになっていた。

カタカタと勢いよくキーボードをたたいて入力する。

新人がやる気だ、と思われているのか、
みんなチラっと僕を見る。

少し気恥ずかしいので、
ゆっくり入力するようにしてみる。

三課で真面目に仕事をするのは、
難しいのかもしれない。

伝票入力を進めていると、
電話が鳴った。

すかさず僕は電話を取った。

「はい、総務三課です。
 ・・・少々お待ちください。
 コオさん、部長からお電話です」

「はーい、ありがとう」

コオさんが電話を取る。

僕が座りなおして手を置いた瞬間、
パソコンの左上のEscキーを押してしまった。

気づいたときには遅く、
伝票入力のソフトは消えていた。

ドキドキしながらゴミ箱フォルダを見たが、
何も無い。

電話を終えたコオさんが、
ディスプレイを見つめて
固まっている僕に気づいて

「灰田君、どうした?
 ・・・あ、ソフト消えた?」

と言った。

「古いソフトだから、
 すぐ落ちちゃうんだよね・・・
 はい、またがんばってー」

と軽く言って、
僕のパソコンのソフトを起動した。

「・・・はい」

動揺を隠せず、小声で答える僕。

30分の入力が無駄になった・・・

「こまめに保存したほうがいいよー」

パソコンから目を離さずにコオさんが言う。

「はい・・・」

励まして欲しい気持ちを抑えつつ、
僕は伝票入力をまた最初から始めた。

キーボードをたたく音もなんとなく小さくなる。

他のみんなもわかっているのか、
僕のほうを見ないようにしている気がする。

その気遣いが申し訳なくて、恥ずかしい。

こまめに保存ボタンを押しながら、
なんとか伝票を一束入力し終えた僕は、
コオさんに

「一束終わりました。」

とほっとしながら報告した。

「じゃ、次はこの伝票ね。
 保存したファイルは、
 さっき教えた共有フォルダに入れて」

とコオさんは言った。

「はい。」

僕は教わったとおりに
ファイルを共有フォルダにコピーして、
次の伝票の入力にとりかかった。

コオさんはカチカチとマウスをクリックして、
ファイルを確認しているようだった。

「・・・灰田君、入力欄を間違えてる。
 この伝票入力、最初からやり直して」

と冷たい声でこちらを向かずに言った。

・・・やってしまった。

またやり直しか・・・という脱力感と、
二度も失敗する僕って
やっぱり落ちこぼれだ、
という喪失感に襲われ、

返事をする気力さえなかった。

そんな空気を察したのか、吉田さんが

「おい、コオ。もっと優しくしてやれよ。
 灰田君かわいそうじゃないか」

と言った。

「伝票入力のミスなんて
 誰にでもあることでしょ。
 いちいち慰めるようなことじゃない」

とコオさんは吉田さんのほうを
見向きもせずに言った。

「お前にとってはそうかもしれないけど、
 俺たち凡人にとっては
 非常にショックな出来事なんだぞ」

吉田さんは席を立って、
なぐさめるように
僕の肩をポンポンと叩きながら

「灰田君の気持ちもわかってやれよ」

と言った。

それを聞いたコオさんは

「ショックなのはわかるけど、
 慣れていくしかない」

と無表情で言った。そして

「人の心配をするくらいなら自分の心配してね。
 あの書類、今日しめきりだからね」

と吉田さんに追い討ちをかけた。

吉田さんは

「あーあ、これじゃやる気にもならないよな。
 灰田君、ちょっと休憩しろよ。」

と言ったあと

「コオの隣じゃやりづらいだろうけど、
 ネットサーフィンとかしていいから。
 適度にリラックスしろな」

と小声で言った。

僕は三課らしい励ましかたに面食らったが、
吉田さんの気持ちがうれしかった。

それに、吉田さんが言ったことは、
僕がコオさんに言いたいことだったような気がする。

そのせいか、何だか気持ちがすっきりした。

でもコオさんの隣でサボる勇気は無いので、
僕は気を取り直して、
伝票入力に取り掛かった。
< 7 / 84 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop